どこからともなく聞こえる
c0185858_14541218.jpg葉音が 風の所在を告げた

君はゆっくりと
けれど確実に 歩を進める

まるで木々たちの鼓動が
聞こえそうな森のなか
ふたり 落ち葉を踏みしめる
音が響く

この森にとって 私たちは
どんな風に見えるのかな

君は振り返り笑った

僕は君が納得する答えなど
持ち合わせていなくて
ただ 「どうだろうな」
としか 言えなかったけど

そんなことなど
今の僕にはどうでもよくて

ただ君が 笑ってる
それだけでこの時間が 心地よかった。





 もう勘弁してください、そう言いたくなるくらい、雨雲は無情にも何度も被災地を通過していきます。今日も雨です。おそらくこの一週間も雨が続くでしょう。今回の豪雨で、亡くなられた方のご冥福と、被災されている方のご無事を心よりお祈り申し上げます。

 もしかしたら人間の「生命」というのは「樹(木)」のようなものなのかもしれませんね。
ここしばらく、いろいろと体調が優れません。季節の変わり目ですし、おそらく疲れやストレスなんかもあるのでしょうね。ひとつ治ればまた次に、と言う感じ。だからと言って大げさな病名がつく程のものでもありません。私は昔から、電池が切れたように体が不調を来たします。そういうときに限って、楽しみにしていたこととか大事な何かと被る。よくある話です。
  で、そんな自分を羨んでいた時、ふとそう思ったのです。「何をしても強く太く元気な人もいれば、突然体力が切れちゃう人もいる。体力なさそうなのに意外に粘り強い人もいれば、あの人が?って思う人が体調を崩したりする。きっと生命の樹ってのが体の中にあって、人はそれをもとに生きてるんじゃない?それはきっと、その人の見た目とその樹の大きさが必ずしも同じって訳じゃないんだろう」と。
 まるで怪しい団体の勧誘的な話ですね。大丈夫です、違いますから。ただなんとなく、そんな風に思ったのです。で、そんな風に考えながら「みんな、樹を背負って生活しているんだわ」なんて想像したら、ちょっとおかしくて。でも少し気持ちが晴れました。

 私たちの体にしても、植物を育てるにしても、ただただ栄養だけ取っていればいい、というものでもありません。日光だけでなく、きちんと夜だって必要。できれば、話しかけた方がキレイな花が咲くと言いますし、勝手には育ちません。やっぱり大切に手をかけなければ、枯れてしまいます。が、かけすぎもよくありません。
 私は少し自分の樹を、おざなりにしてきたのかもしれません。幼い頃からそうだった訳ではありません。けれど、いつの頃からか幹は凸凹になり、葉もうまく光合成できていないようです。もとよりグリーンフィンガーではない私ですから、自分の樹もうまく育てられないのかもしれません。もう少し大切にしなくてはなりませんね。心身が健康である、ということは、本当に大切で有難いことです。
 ちなみに我が家のガジュマル。私の部屋で唯一、枯れずにいる木です。ただ幹は細いまま、全ての葉を窓の外に向けて必死に生きています。我が家はそんなに過酷な環境なのだろうか…。

                ところで、あなたは…。
                    ~ゴン~






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 今回はちょっと寄り道。編集記。随分と久しぶりで、4年ぶりですネ。ちょっと長いのですが、お付き合いいただければと思います。

 ところで私は花粉症です。それはもう小学生のころからでした。そして現在は、花粉症と併発する食物アレルギー(口腔アレルギー症候群《OAS》)もあります。OASが発症したのはまだ短大生だったころ。そのころはまだ食物アレルギーといえば卵や小麦、乳製品くらいしか多くは知れ渡っていない頃でした。 
 ある日リンゴを食べた私は、心なしか口内にかゆみを覚えたのでした。一時的なものだと思っていたのですが、その後、何度食べてもかゆくなる、それが始まりでした。今では、バラ科の果物(桃、サクランボ、梨、枇杷等)は生だと食せません。加熱すれば大丈夫なものもありますが、体調にも左右されるので食べません。そして去年、ついに苺デビューし、苺も食せなくなりました。ショートケーキが…食べれない…。

 先日、大葉(青しそ)が夏前だというのに珍しくお手頃価格で販売されていました。嬉しくなって、大量買い。意気揚々と料理しているときでした。味見をした後の口内が、いつまでたってもムズムズするのです。けれど、シソアレルギーなんて聞いたことがない。きっと気のせいだと思いながらも、不安でそれ以上その日は口にしませんでした。翌日、焼けばいいかもと火を通して食すると若干、違和感があるものの昨日ほどでもない。けれどやっぱり、不安が残る。数日後、かかりつけの内科の先生に伺うと「あ、アレルギーですね。」と一言。シソそのものか、シソの産毛が原因かはわかりません。血液検査をしたわけじゃないから確定じゃないけれど、反応している限り食べないで下さい、と言われたのでした。そのまま食べ続けると、全く関係のない食材にも反応が出る可能性も、これから先あるから、と。 
 私はスギ・ヒノキ・シラカバ以外にもイネ科の花粉アレルギーを持っています。5月6月は最盛期。体調が芳しくないところに、シソを食べて反応したのかもしれませんね。

 実は今、何かを食べるという事に、若干の恐怖を覚えます。私のアレルギーは小麦や卵、ソバやピーナッツほど激しいアナフィラキシーはおそらく出ません。ですので、ショックで死に至るとまではいかないでしょう。それでも、次に何に反応し、食せなくなるのか予想がつかないだけに、正直怖いのです。何かを作って食することが楽しみでストレス発散の私にとって、それは尚更でした。 
 シラカバ科のOASの食材は多いのです。それに、イネ科のOASが加われば、ほとんどの野菜、果物、穀類が食べられなくなる可能性があります。現在、アレルギーの治療法として、舌下療法が注目されていますが、OASの症状によっては受けられない可能性があります。その他ではまだ、完治できる治療法が民間レベルでは確立されていません。こんなにも世界中にアレルギーを持っている人がいるのに、です。

 でもね、ある日思ったんです。こんなふうに悲観的になっていても、しょうがない。なったものは変えられへん。いつ、何になるかも分からへん。予防もでけへんのやから、諦めよ。それよか、自分の体調と相談しながら、食べたらあかん食材は食べないで、美味しいと思うものは今のうちに、食べておこ!って。だって、シソみたいにいつ食べられなくなるかわかりませんからね。ちなみに、苺デビューしたのは奈良の苺農家の友人が送ってくれた、奈良特産の「あすかルビー」。人生最後の苺は、人生で一番美味しい苺でした。シソも食べたいと思っていたシソ版バジルソースならぬ、シソソースでした。私は美味しい食材たちの記憶があるので、もちろん食べたいと思うこともありますが、もう十分。

 どうせいつか人は死ぬのです。それはなげやりで悲観的な考えではなく、もう少し楽観的なこと。どんなに健康に気を使っていても、明日事故で死ぬかもしれないし、大病を患っていても、それとともに長く生きられる方もいる。ならば、もっと心をオープンでいようと思ったのです。もしかしたら、数年後、舌下療法がどんな症状の人にも対応できるようになるかもしれないし、もっと画期的な治療法が見つかるかもしれない。だって先日、アトピーに効く物質が見つかったとニュースにも出てましたしね。そうそう、それにいまだ私のまわりで「私もリンゴ・桃アレルギーです。」という人に出逢ったことないし、もしほんとに私がシソに反応していたなら「シソアレルギー」なんてマニアックでしょ?これは、ちょっとした話のタネになりますネ。ま、だからと言って、なんでもありで何してもいいとは思いませんが。

 人生は、山あり谷あり、それが谷だと思っていたら実は中腹ってこともあります。そのひとつひとつを、しっかりと考えることはとても大切だと思います。けれど、考えて答えが良い方向に出ないとき、もしかしたら入口が間違っているのかもしれません。出来ないことを数えるより、出来ることを大切にしよう、そう思うのです。今までもそうしてきたし、これからもそうするでしょう。だってせっかく生きているのだから、いつも心はしなやかで軽快でいたいですものネ。
はてさて今年の夏は、そうめんに何のせようかなぁ…。


          ~ゴン~

 追伸 ちなみに大量のシソたちは、無事、友人たちの家へ貰われていきました。



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あんまりにも 楽しかったから c0185858_15411656.jpg

さよならが 名残惜しくて
なかなか足が 家路についてくれない


さっきから 背中の向こう 

君が手を振る そちらばかり 

何度も 振り返っている


今日は 人生で一番最高の日

だけど 今度君に会ったら 

その日がきっと 一番最高の日
だって 君に会うたび
いつも そう思うから


風が心地よくて 

空を 見上げた

笑ってる三日月が 見ている僕も

きっと 笑っているのだろう。








 沖縄・奄美は梅雨入りしましたが、鹿児島市内はまだ梅雨入りしていません。なんだかもう夏のような日差しですが、夜はヒンヤリとした風が吹きます。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 先日、森山直太朗さんのコンサートに行ったのですが、久しぶりに心の底からその時間を楽しむことができました。いつの頃からか「楽しい」と思っても、それを心の底から思うことが少なくなったように思います。いつも、いくつもの猫を被り分けている私ですので、自業自得なんですけどね。なので、久しぶりに本当に楽しくて。心も体もスカッとなり、公演後もその場を立ち去るのがなんだかもったいない。もちろん次の日も、やっぱり心もスカッと軽いまま、いつもなら怒るような案件も笑って受け入れられていました。その状態を継続するのは、少し難しかったけれど…。

 少なからず今も接客業に携わっている私にとって、お客様に喜んで頂けても、満足して頂くことはとてもエネルギーのいることだと思っています。ですので、毎回それをされている直太朗さんやメンバーの方、そしてスタッフさんのエネルギーの凄さに圧倒されます。きっとそれは彼らだけでなくて、お客様に笑顔を届けようと頑張っていらっしゃる方はどんなお仕事でも、すごいことなんですよね。だって、喜んで頂いて、なおかつ満足して頂くなんて、なかなか簡単にできることではないですからね。


 最近、「ここ直さなきゃな」とか「気を付けなければ」と思うことがあります。それは、自分が慣れてしまっていることを、自分の目線で相手にも求めてしまうということ。仕事柄、お客様や同じ会社の人に、商品の説明などをする機会が多いのですが、ついついさも当たり前のように単語を並べ、相手に理解を求めた挙句、分からなさそうにしていると「なんで?」となってしまうのです。もちろんお客様には、会社の人に説明する以上に詳しく説明しているつもりなのです。けれどなかなか伝わらないとき、自分がこの世界にどっぷり浸かっていて、その場所からお客様に手を差し伸べているのだと思い知るのです。そう、当たり前だと思っていたけれど、それをよく知らない方にとっては未知の世界だし、いろんな受け取り方があるんだという事。そして、そう思うと同時に、自分で理解していてもそれを相手に伝え、理解して頂くことの難しさを痛感します。伝わったときの喜びはひとしおですが、伝えきれなかったときのことは、ずっと心に残っています。
 何かを伝えるって本当に難しいですね。それが、対面で話せない相手だと尚更です。私の乏しい語彙力でいつも苦戦していますが、いくつになっても日々勉強ですネ。

         ところで、あなたは…。
            ~ゴン~













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雨に濡れた緑の匂いが
カーテンを揺らす
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あなたはソファーで
つかの間の うたた寝

私はそれを ぼんやり眺めながら
今日の夕食を考えている

あなたの好きな 私の苦手な 
トマトジュースと
私の好きな あなたの苦手な 
バナナ豆乳

冷蔵庫に 並んで立っている

たったそれだけなのに
なんだか ちょっとしあわせ。






 ここ最近、半年以上ぶりに桜島が元気で、鹿児島市内中、再び灰まみれとなっています。
そろそろ黄砂も飛び始めているようですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 この連休中、市立美術館で開催されていた広重展と、錦江湾公園へと行ってきました。
 実は、広重展へ行った後、少し落ち込んでいたのです。ついに感動することができなくなったのか?確かに4月に入ってから忙しかったけど…。それとも、もとより感性がないのか?と。つまり、広重の絵を見て「すごい!!」と思ったけれど、感動するまで至らなかったのです。それは広重が云々という事ではありません。彼は偉大な浮世絵師です。ただ私にそれを理解する感性がなかった、それだけです。で、落ち込んでいたのです。100枚近くの原画を間近で拝見したのに、すごいなぁ…だけですからね。

 その数日後、自然に触れたくなって錦江湾公園へ。小雨女の私ですから、公園にいる間は小雨が降り、人もまばら。ゆっくりと散歩をしてきました。私、大丈夫でした。ちゃんと感動できました。あんまりにも花がキレイで。先日見たドラマでも「樹木の美しさは、生命の美しさなんでしょうね」と仰っていましたが、ほんとその通りですね…。
 で、結論として。どうやら、私は「絵」よりも「モノ」や自然の方が好きなのかもしれません。だって正倉院展の螺鈿細工を拝見したときは、感動しましたから。

 時々、思うことがあります。「皆と同じ感性でなければ、いけないのかな?」と。
薔薇を見て多くの人は美しいというでしょう。けれど感動の度合いは人それぞれ。それに、赤ちゃんを見て必ずしも皆が癒される訳ではないし、ヒーリング音楽を聴いて癒される人もいれば、そうでない人もいる。私はどうやら「かわいい」とか「癒される」ものが、人と少しずれているところもある様で、実際は「それほどでも?」と思っていても、つい「かわいい!」とか「癒される!」と言うのです。で、思ったんです。「確かに赤ちゃんはかわいい。けれど『赤ちゃん=癒される』じゃないといけないのかな?」と。私は良かれと思って見せてくれた人の気持ちに応えられなくて、「自分はおかしいのか?」と思ったのです。気分を害された方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。
 けれども、それをあえて口に出す必要はないとも思っています。それは、食べ物の好き嫌いと同じ。私の大好きは誰かの大嫌いかもしれないし、その逆だってあり得ます。けれど、私の大好きなものを悪く言われると、やっぱり気分は良くない。だから私は、極力言いません。好みなど人それぞれなのだから、なんだっていいのです。それで誰かが傷つき、悲しむようなことがあるのなら良くないけれど。

 そうですね、つまり。皆が「いい」と言ったから自分も「いい」とは限らないし、人が「イマイチ」と言っても、自分には「すごくいい」と思うことがある。そのことを大きな声で言えなかったとしても、そう思ったその心を大切にしたいと思ったのです。
 「みんなと同じである」勇気と「みんなとは異なっている」勇気、どちらも大切。それはきっと、自分と他人を受入れるという事なんでしょうね。

 ちなみに私。食べ物の好き嫌いはあまりないのですが、いまだに美味しいと思えないのが、「うな重」。人に言わせれば「美味しいのを食べてないからだ」だそうですが。日本人の過半数がその名を聞けば喜ぶであろう「うな重」。私にその美味しさが分かる日が、いつか来るのでしょうか。




           ところで、あなたは…。
              ~ゴン~
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ちょっとそこまで
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春が そんなふうに
言ってる気がします

さんかんしおん

なんだかとってもキレイな響き
異国の誰かの名前みたい

はるは あけぼの

さくらを待たずに
つつじがフライング

はるさめぜんせん

今日も外は雨
いつのまにやら そんな名前も
聞かなくなったけど

新緑には まだはやい 
4月のある日
春とあなたを待つ わたし。









 今年の鹿児島の桜の開花は、南国なのに九州で一番最後でした。ずっと雨続きでしたが、ここ数日ようやく晴れましたので、いま満開を迎え、散りつつあるようです。

 生れも育ちも海ナシ県の私は、海を見るとテンションがあがりますが、ストレスが溜まると無性に山や田畑が恋しくなります。そこはやっぱり、田舎育ちなんですね。
だからそんな時は、なるだけ散歩したりします。だけど近頃は、雨続きだしそんな余裕もない。せめて桜だけでもと思っていたけれど、このままいけば今年も、満開を見ることなく終わってしまいそうです。なんだか寂しい…。

 新年度になってから、さらに慌ただしい日々を送っています。出来れば穏やかな日々を望んでいる私ですが、どうやら私の運勢は、そうはさせてくれないようです。ストレスの元は小さな事ばかりですが、積み重なればなかなかのサイズになってます。
 私の夢である「おばあちゃんになったとき、縁側で大切な人とお茶を飲む」その時の、ネタには困りそうにないですが、それでもやっぱり…ネ。春もなんやかんやで駆け足で去っていきそうです。


       ところで、あなたは…。
          ~ゴン~
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まっしろな月が
見ています
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真っ青な海が
凪いています

沈丁花の香りが
春を 告げています

あなたにも
よい風が ふきますように。







あの日から、6年ですね。「もう」と「まだ」がさまざまな場所で聞こえます。
 瓦礫の山や、津波の写真を見ているのに、その向こう側には、空から見た煙が立ち上り燃え広がる街が見えるのです。ゆがんだ道路や流された船、燃えた車の写真を見ているのに、根元から折れて横たわる高速道路がその向こうに浮かぶのです。私には、そう見えるのです。きっと人は何かを感じるときに、自分の経験からそれを感じ取るのかもしれませんね。私にとってはやはり、1.17阪神淡路大震災が基準と言いますか、その体験がもとになるのです。私が感じていることなんて、現実とは全く比べものになどならないのだろうけど。

 高校生の頃の修学旅行は、東北でした。小岩井農場、夕暮の松島、蔵王のお釜に芋煮会、そしてわんこそば。東北の秋は美しくて、奈良とは違う空気が新鮮で、またいつか行きたいと思う場所です。もう20年程前のことですので、残念ながら景色を詳しくは、覚えていません。ただ、その時感じたことは覚えているのです。わんこそばのつゆの温度、小岩井農場近くのホテルの白米がとってもおいしかったこと。夕暮の松島の磯の香、蔵王のお釜の水面を駆け抜けてきた風の冷たさ、そして芋煮会のお汁の味。あら、食べ物が多い…。けれど、きっと景色は変わっても、その地が東北であることには変わりないのですから、私が感じたものは今でも同じで何も変わらないのです。私はそう信じているのです。

 東北は悲しみの場所ではありません。神戸や熊本がそうでないように。そして日本中の多くの被災地もそうでないように。なぜその日を忘れてはいけないのか、私たちはそれをもう一度、真剣に考えなければならない、そんな時期に差し掛かっているのかもしれません。
 全ての災害で亡くなられた方のご冥福と、一日でも早い復興を心よりお祈り申し上げます。


           ところで、あなたは…。
               ~ゴン~
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今日は 明日のことを考えてc0185858_1571711.jpg
明日は またその明日のことを考える
そして 一年先を思いめぐらす

どれだけ考えて
どれだけ段取りをしても
どのみち 
思い描いたようにはならないこの人生

いま 私にできること
それは たくさん悩んで
たくさん 考えて
いろんなことを 知るということ。








 つい先日まで、大雪だとかこの冬一番の寒さだとか言っていたのに、気がつけばもう「春一番」が吹いていますね。ついに花粉の季節到来です。すでに目も鼻もムズムズしている私ですが、皆さんはいかがでしょう。

 先のことを考えると、とても心がめげそうになることがあります。徐々に迫ってくる、再びの大きな転換期。そのために出来ることはなんだろうか、果たしてジャンプしたその先の着地点には、どんな世界があるのだろう。再びのぬかるみだろうか、それとも芝生だろうか、はたまたコンクリートだろうか。考えても考えても答えなど出ないのですが、考えずにはいられないし、考え行動せねばならない時期に差し掛かってきているのです。時期的にも年齢的にも。

 私の世代は「忘れ去られた世代」と呼ばれる世代です。ベビーブームの終わり頃、大学へ行く人が急増し、何浪もして4年制に入学する人がたくさんいた頃です。しかし、バブルがはじけ、その余波をまともに受けた世代でもあります。就職難、超氷河期の始まり世代でした。それでも、きちんと就職をして今もその企業で働いている友人たちもいます。けれど私は別の道を選びましたので、たくさんの会社で働いてきました。そしてその道に疲れ果てた頃、鹿児島に移住をしました。私は今、派遣社員としてある企業で働いています。しかし昨年、派遣法が改正され、同じ場所での勤務が最長3年間とされました。その期限が、迫ってきているのです。何かを極めたわけでも、継続してきた訳でもない私。さてどうしましょうか。「泣こよか、ひっとべ」なんですが、飛ぶタイミングがつかめずにいます。

 最近、ある人のブログをよく読んでいます。その人は、ご自身がしてしまったことにより、本当に自分がしたいことを思うようにできなくなってしまった人。それは当然のことだけれど、改めて事の重大さを実感します。私はその人を小学生のころから知っているけれど、ブログの存在は、昨年知りました。その人のブログを拝見していると、本当にその「したいこと」が好きでしょうがないんだと伝わってくるのです。その人は自分にはそれしかないから、と言っているのだけれど。いろいろな報道がなされ、憶測が飛び交い、さまざまな話や噂はあるけれど、私はブログから読み取った情報でしかありませんが、その人の「一生懸命さ」は真実だと思っています。だから、そのブログを拝見すると「自分も頑張ろう」と思うのです。私にはなんの根拠もなければ、力も技術もないけれど、それでももがいてみようと思うのです。きっと未来は、描いたようになどならないでしょう。それでも、体と心が元気でいられるのなら、どんな場所でも生きていけるような気がするのです。自慢じゃないですが、私の唯一の特技が順応性だと思っていますから。それに、誰の未来にも「絶対」などないのですから。
その人、ASKAさんは今月、ささやかにアルバムを発売されるそうです。

           ところで、あなたは…。
              ~ゴン~







 
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よく晴れた日曜の夕暮れ
車窓の外は 肩寄せあう人たちと
c0185858_14423943.jpg足早に歩く人波

この街が こんな色も見せるのだと
初めて知った
あなたが あんな笑顔を見せるのだと
初めて知った
そして あなたの手の温もりも

ひとつひとつが 折り重なって
ひとつひとつが 紡ぎ合って
この世界が できているのなら

あなたも 僕も
独りじゃない。










 気がつけば年は開け、すでに1月も下旬。冬、真っ只中ですが、皆さん、風邪やインフルエンザにはかかっていませんか?その前に、雪、大丈夫ですか?

 私は何かを楽しそうにされる方が好きです。たとえば、楽しそうに歌ったり楽器を奏でたり、楽しそうに料理をする、そんな感じ。車の運転とかジョギングとか、なんだっていいのです。それが犯罪や人が不快に思う事でなければそれでいい。見ているこちらも楽しい気持ちになって、笑顔になるんです。
なので、ピアニストが弾いているときはいつも、その人が楽しそうに弾いているかを見てしまいます。どれだけ超絶技巧で弾いてらっしゃっても「もう少し楽しそうに弾いたらいいのに」と思う人もいれば、本当に好きで好きでしょうがないんだと伝わってくる人もいます。その曲がどれだけの難易度か私はわかりません。けれど難しくて真剣な顔をして弾いていても、手や音には自分の心が反映すると私は思っています。

 先日テレビで、ピアニストの西川悟平さんという方が、ピアノを弾いてらっしゃいました。彼は久しぶりに見たピアノを楽しそうに愛おしそうに弾く方でした。弾き終わってから彼がジストニアという病気の為、指が上手く動かず、7本で演奏していたということを知りました。番組で彼は言うのです。「音楽でも演劇でもなんでもそう。曲は、もとはひとつひとつ単体の音。それをうまくつなぎ合わせて一つの音楽になる。それをどうやって繋ぐのか試行錯誤しながら、一音一音愛情を込めて演奏したい」と。
そうですね、以前読んだティク・ナット・ハン師の本にもありました。それ単一で存在するものなどなく、全てがあらゆる人モノによって繋がっている、と。

 ともすればできることが当たり前になっていて、心をおざなりというか、どこかに置き去りにしてしまっているけれど、私たちはいつも何かを生み出し、何かを繋ぐ作業をしているのかもしれませんね。だからチームワークが大切。誰かがあっての自分。何かをしたくても必要なものがなければ出来ないし、生み出すにしても全く何もないところから生み出すのは魔法がない限り無理ですものね。たくさんの人と出逢い、繋がり、見方や感じ方を変えれば、世界の色も匂いも、温度だって変わっていくように思います。そう、笑顔の伝染力は半端ないですからネ。

 さて、今年はどんな年になるでのしょうか。近頃、なんだかさっぱりな私。この便りを書くのも四苦八苦。けれど私も「いつも」とはいかなくても、出来るだけ日々のことや仕事を、楽しく挑んでいこうと思うのです。そう、周りの人も巻き込んで。「笑う門には福来たる」です。では、これが今年の抱負ということで。


                ところで、あなたは…。
                  ~ゴン~
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留守電話の あなたの声を
何度も 何度も聴いている
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あなたのいない日々にも 慣れてきたし
あなたの笑顔だって もう
いつでも 思い出せるのだけれど

あなたの声だけは
すぐに 空気に溶けてしまうから

ふいに 恋しくなって
たった15秒の あなたがいる世界へ

できることなら いつまでも 
あなたの声に 触れていたい。








今年ももうあと少しで終わりですね。
私は流行に乗ってウィルス性の胃腸炎にかかってしまいましたが、皆さんはお元気でしょうか。

 今年は申年(さるどし)。その名の通り別れの多い年でした。もちろん別れがあれば出逢いもあるのだけれど、その出逢いだけではカバーできないくらい、別れが多かったように思います。大丈夫、去られた方はみなさんご健在ですヨ。

 誰かを思い出すとき、きっと何から思い出すかは、人それぞれかもしれません。そして、何でその人を一番近く感じるかも、人それぞれなのかもしれませんネ。
 私は、いつも思うのです。その人の声だけは思い出したくても、どんどん忘れてしまうと。そう感じたのは祖父が他界してからですから、もう随分と昔になります。
 その人の文字や癖、笑顔だとかは、写真や何かしらで残るのですが、声は聴きなれていたはずなのに、どんどん自分の作り出した記憶に作り替えられてしまって、本当の声を思い出せなくなっていきます。レコーダーやビデオだとか録音・録画機器が発達したこのご時世では、あまりピンとこないことかもしれませんね。けれど、写真や愛用品を見ると「声、聴きたいなぁ」と思ってしまうのです。どうやら私は、写真やモノよりも「声」でその人をより近く感じるのかもしれませんね。ちなみに鹿児島に引っ越ししたばかりの頃の母からの「元気ですか」の留守電が、今でも消せないでいる私です。もちろん母は元気ですけどネ。

 先日、私が学生の頃から好きなアーティストさんと親交の深い歌手、元L‐Rの黒沢健一さんが脳腫瘍の為、お亡くなりになりました。そのアーティストさんと出されたCDを聴きながら、彼はこの先ずっと、この音源の中では元気なままで生き続けているのだと思うと、なんだか涙が止まらなかったのです。彼だけじゃないですよ、ジョンレノンだって、マイケルジャクソンだって、美空ひばりさんだって、みんなそう。そう思うと、何かを遺すってことはすごいことですね。それが観れたり聴くことができる環境があれば、その中でその人は、生き続けることができるんですね。さて、私はいったい何を遺せるだろう。

 今年の締めくくりに、えらく湿っぽい話になってしまいましたね、すみません。総じて思うのは、誰でも明日は絶対来るという訳ではない、いつか別れは必ずくるのだから、そのひとつひとつ、そのひと時ひと時を大切に味わい噛みしめながら、出来るだけ心残りのないように生きなきゃな、という事でした。さて、そういう訳で後回しになっていた年賀状、そろそろ書いてしまおう。
 それでは、どうか来年も私と私の大切な人たちと、そして皆様にとってよい年を過ごせますように。


             ところで、あなたは…。
                 ~ゴン~
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いまはただ 
あなたに出逢えたことが
幸せだったと思える
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季節が巡るように
心は おぼろげに移ろい

服を着替えるように
世界は 景色を変えてゆく

人は みな
愛されたがっている
最期の彼の声は 穏やかだった

苦難の前の自分に 戻れたとしても
また喜んでその苦難を 受入れよう
微笑む彼の目は 透き通っていた

そうね いまなら
その言葉たちは 優しく
私の心に とけ込んでゆく

私なら 大丈夫
あなたが いつもそばに居なくても
私は 生きていける

あなたが 私の中で
ちゃんと 生きているから
もう 独りではないことを
私は 知っているから。









 今年は地震や災害が多いですね。少し前に実家の奈良で、そして先日の福島の地震。いつどこで次の地震が起きてもおかしくない、そんなふうにさえ思ってしまいますね。どうかこのまま、これ以上地震が起きませんように。

 私の母は、文学少女でした。ですので、我が家には母が集めた世界文学全集がありました。母の願いは子供たちが自分と同じようにその本たちを愛読してくれることだったようです。しかし兄や姉は読書が好きだったのですが、誰一人その本たちを読むことなく、彼らは私の母校に寄贈されていったのでした。幼い頃、その本たちの帯がキレイで、読みもしないのに本棚の前に座り眺めていたのを覚えています。だから読んだことがないのに、タイトルと作者だけは知っているのです。今思えば、本たちには可哀そうなことをしてしまいました。
 10月の初めごろからだったでしょうか。日曜の夜NHKでトルストイの「戦争と平和」がドラマとして放映していました。ロシアを舞台にした作品ですが、聞きなれない名前と伯爵などの位に、慣れるまで誰が誰なのか混乱していました。少し前に最終回を迎え、三人の登場人物の恋模様だけだと思っていたのに、ここが!と上手くお伝えできないのだけれど、とても心打たれ考えさせられる作品でした。長編は苦手だけれど、いつか読んでみたいですね。長く愛される作品と言うのは、一過性の何かではなく、おそらく普遍的なものを孕んでいるからこそ、どの時代を生きる人の心にも響くのでしょうね。それはわざとらしく主張するのではなく、ごく自然にいつのまにか存在するので、天邪鬼な私でもすんなりと受け止められたのかもしれません。

 c0185858_1520021.jpg11月は私の生まれ月ですが、11月は苦手です。嬉しいことと大変なことが、いつも一緒に沢山やってくるから。嬉しかったのは直太朗さんや中さんが来鹿されたので会いに行けましたし、三姉妹ちゃんたちの唄も聴きに行けました。でも、それと同じくらい仕事やプライベートでなんやかんやあって、やっぱり疲れ果ててしまいました。生まれ月は、生れた喜びと苦しみと、出逢う喜びと別れの切なさを改めて感じる月なのかもしれませんね…。ここ数か月、ずっとこんな感じのような気もするけれど…。
 歳を重ねれば、季節が巡るように人の心は変わっていくし、服を着替えるように人との繋がりも変わっていきます。それは自然なことだけれど、それでも、出逢えて良かったと思える人たちがいることを幸せに思い、大切にしていきたいなぁと、しみじみ思うのです。遠く離れていても、毎日、話をしなくても、みんな私の中できちんと息づいているし、見えない何かで私を支えてくれています。以前にもお話したように、出逢いとはとても奇跡的な事だと思っています。出逢いたいと思っても出逢えるわけではないですからね。その中で繋がりが今も少なからずあり、さらに出逢えて良かったと思えるなんて、本当に多くあることではありません。きっとそれだけで私たちは幸せなのかもしれませんね。そう「人生は出逢いで出来てる」なんて言っても過言ではないかもしれません。願わくば、私も大切な人たちの中で「出逢えてよかった」と思って頂けていることを祈っていますが…。



           ところで、あなたは。
              ~ゴン~
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