「ほっ」と。キャンペーン
今日は 明日のことを考えてc0185858_1571711.jpg
明日は またその明日のことを考える
そして 一年先を思いめぐらす

どれだけ考えて
どれだけ段取りをしても
どのみち 
思い描いたようにはならないこの人生

いま 私にできること
それは たくさん悩んで
たくさん 考えて
いろんなことを 知るということ。








 つい先日まで、大雪だとかこの冬一番の寒さだとか言っていたのに、気がつけばもう「春一番」が吹いていますね。ついに花粉の季節到来です。すでに目も鼻もムズムズしている私ですが、皆さんはいかがでしょう。

 先のことを考えると、とても心がめげそうになることがあります。徐々に迫ってくる、再びの大きな転換期。そのために出来ることはなんだろうか、果たしてジャンプしたその先の着地点には、どんな世界があるのだろう。再びのぬかるみだろうか、それとも芝生だろうか、はたまたコンクリートだろうか。考えても考えても答えなど出ないのですが、考えずにはいられないし、考え行動せねばならない時期に差し掛かってきているのです。時期的にも年齢的にも。

 私の世代は「忘れ去られた世代」と呼ばれる世代です。ベビーブームの終わり頃、大学へ行く人が急増し、何浪もして4年制に入学する人がたくさんいた頃です。しかし、バブルがはじけ、その余波をまともに受けた世代でもあります。就職難、超氷河期の始まり世代でした。それでも、きちんと就職をして今もその企業で働いている友人たちもいます。けれど私は別の道を選びましたので、たくさんの会社で働いてきました。そしてその道に疲れ果てた頃、鹿児島に移住をしました。私は今、派遣社員としてある企業で働いています。しかし昨年、派遣法が改正され、同じ場所での勤務が最長3年間とされました。その期限が、迫ってきているのです。何かを極めたわけでも、継続してきた訳でもない私。さてどうしましょうか。「泣こよか、ひっとべ」なんですが、飛ぶタイミングがつかめずにいます。

 最近、ある人のブログをよく読んでいます。その人は、ご自身がしてしまったことにより、本当に自分がしたいことを思うようにできなくなってしまった人。それは当然のことだけれど、改めて事の重大さを実感します。私はその人を小学生のころから知っているけれど、ブログの存在は、昨年知りました。その人のブログを拝見していると、本当にその「したいこと」が好きでしょうがないんだと伝わってくるのです。その人は自分にはそれしかないから、と言っているのだけれど。いろいろな報道がなされ、憶測が飛び交い、さまざまな話や噂はあるけれど、私はブログから読み取った情報でしかありませんが、その人の「一生懸命さ」は真実だと思っています。だから、そのブログを拝見すると「自分も頑張ろう」と思うのです。私にはなんの根拠もなければ、力も技術もないけれど、それでももがいてみようと思うのです。きっと未来は、描いたようになどならないでしょう。それでも、体と心が元気でいられるのなら、どんな場所でも生きていけるような気がするのです。自慢じゃないですが、私の唯一の特技が順応性だと思っていますから。それに、誰の未来にも「絶対」などないのですから。
その人、ASKAさんは今月、ささやかにアルバムを発売されるそうです。

           ところで、あなたは…。
              ~ゴン~







 
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よく晴れた日曜の夕暮れ
車窓の外は 肩寄せあう人たちと
c0185858_14423943.jpg足早に歩く人波

この街が こんな色も見せるのだと
初めて知った
あなたが あんな笑顔を見せるのだと
初めて知った
そして あなたの手の温もりも

ひとつひとつが 折り重なって
ひとつひとつが 紡ぎ合って
この世界が できているのなら

あなたも 僕も
独りじゃない。










 気がつけば年は開け、すでに1月も下旬。冬、真っ只中ですが、皆さん、風邪やインフルエンザにはかかっていませんか?その前に、雪、大丈夫ですか?

 私は何かを楽しそうにされる方が好きです。たとえば、楽しそうに歌ったり楽器を奏でたり、楽しそうに料理をする、そんな感じ。車の運転とかジョギングとか、なんだっていいのです。それが犯罪や人が不快に思う事でなければそれでいい。見ているこちらも楽しい気持ちになって、笑顔になるんです。
なので、ピアニストが弾いているときはいつも、その人が楽しそうに弾いているかを見てしまいます。どれだけ超絶技巧で弾いてらっしゃっても「もう少し楽しそうに弾いたらいいのに」と思う人もいれば、本当に好きで好きでしょうがないんだと伝わってくる人もいます。その曲がどれだけの難易度か私はわかりません。けれど難しくて真剣な顔をして弾いていても、手や音には自分の心が反映すると私は思っています。

 先日テレビで、ピアニストの西川悟平さんという方が、ピアノを弾いてらっしゃいました。彼は久しぶりに見たピアノを楽しそうに愛おしそうに弾く方でした。弾き終わってから彼がジストニアという病気の為、指が上手く動かず、7本で演奏していたということを知りました。番組で彼は言うのです。「音楽でも演劇でもなんでもそう。曲は、もとはひとつひとつ単体の音。それをうまくつなぎ合わせて一つの音楽になる。それをどうやって繋ぐのか試行錯誤しながら、一音一音愛情を込めて演奏したい」と。
そうですね、以前読んだティク・ナット・ハン師の本にもありました。それ単一で存在するものなどなく、全てがあらゆる人モノによって繋がっている、と。

 ともすればできることが当たり前になっていて、心をおざなりというか、どこかに置き去りにしてしまっているけれど、私たちはいつも何かを生み出し、何かを繋ぐ作業をしているのかもしれませんね。だからチームワークが大切。誰かがあっての自分。何かをしたくても必要なものがなければ出来ないし、生み出すにしても全く何もないところから生み出すのは魔法がない限り無理ですものね。たくさんの人と出逢い、繋がり、見方や感じ方を変えれば、世界の色も匂いも、温度だって変わっていくように思います。そう、笑顔の伝染力は半端ないですからネ。

 さて、今年はどんな年になるでのしょうか。近頃、なんだかさっぱりな私。この便りを書くのも四苦八苦。けれど私も「いつも」とはいかなくても、出来るだけ日々のことや仕事を、楽しく挑んでいこうと思うのです。そう、周りの人も巻き込んで。「笑う門には福来たる」です。では、これが今年の抱負ということで。


                ところで、あなたは…。
                  ~ゴン~
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留守電話の あなたの声を
何度も 何度も聴いている
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あなたのいない日々にも 慣れてきたし
あなたの笑顔だって もう
いつでも 思い出せるのだけれど

あなたの声だけは
すぐに 空気に溶けてしまうから

ふいに 恋しくなって
たった15秒の あなたがいる世界へ

できることなら いつまでも 
あなたの声に 触れていたい。








今年ももうあと少しで終わりですね。
私は流行に乗ってウィルス性の胃腸炎にかかってしまいましたが、皆さんはお元気でしょうか。

 今年は申年(さるどし)。その名の通り別れの多い年でした。もちろん別れがあれば出逢いもあるのだけれど、その出逢いだけではカバーできないくらい、別れが多かったように思います。大丈夫、去られた方はみなさんご健在ですヨ。

 誰かを思い出すとき、きっと何から思い出すかは、人それぞれかもしれません。そして、何でその人を一番近く感じるかも、人それぞれなのかもしれませんネ。
 私は、いつも思うのです。その人の声だけは思い出したくても、どんどん忘れてしまうと。そう感じたのは祖父が他界してからですから、もう随分と昔になります。
 その人の文字や癖、笑顔だとかは、写真や何かしらで残るのですが、声は聴きなれていたはずなのに、どんどん自分の作り出した記憶に作り替えられてしまって、本当の声を思い出せなくなっていきます。レコーダーやビデオだとか録音・録画機器が発達したこのご時世では、あまりピンとこないことかもしれませんね。けれど、写真や愛用品を見ると「声、聴きたいなぁ」と思ってしまうのです。どうやら私は、写真やモノよりも「声」でその人をより近く感じるのかもしれませんね。ちなみに鹿児島に引っ越ししたばかりの頃の母からの「元気ですか」の留守電が、今でも消せないでいる私です。もちろん母は元気ですけどネ。

 先日、私が学生の頃から好きなアーティストさんと親交の深い歌手、元L‐Rの黒沢健一さんが脳腫瘍の為、お亡くなりになりました。そのアーティストさんと出されたCDを聴きながら、彼はこの先ずっと、この音源の中では元気なままで生き続けているのだと思うと、なんだか涙が止まらなかったのです。彼だけじゃないですよ、ジョンレノンだって、マイケルジャクソンだって、美空ひばりさんだって、みんなそう。そう思うと、何かを遺すってことはすごいことですね。それが観れたり聴くことができる環境があれば、その中でその人は、生き続けることができるんですね。さて、私はいったい何を遺せるだろう。

 今年の締めくくりに、えらく湿っぽい話になってしまいましたね、すみません。総じて思うのは、誰でも明日は絶対来るという訳ではない、いつか別れは必ずくるのだから、そのひとつひとつ、そのひと時ひと時を大切に味わい噛みしめながら、出来るだけ心残りのないように生きなきゃな、という事でした。さて、そういう訳で後回しになっていた年賀状、そろそろ書いてしまおう。
 それでは、どうか来年も私と私の大切な人たちと、そして皆様にとってよい年を過ごせますように。


             ところで、あなたは…。
                 ~ゴン~
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いまはただ 
あなたに出逢えたことが
幸せだったと思える
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季節が巡るように
心は おぼろげに移ろい

服を着替えるように
世界は 景色を変えてゆく

人は みな
愛されたがっている
最期の彼の声は 穏やかだった

苦難の前の自分に 戻れたとしても
また喜んでその苦難を 受入れよう
微笑む彼の目は 透き通っていた

そうね いまなら
その言葉たちは 優しく
私の心に とけ込んでゆく

私なら 大丈夫
あなたが いつもそばに居なくても
私は 生きていける

あなたが 私の中で
ちゃんと 生きているから
もう 独りではないことを
私は 知っているから。









 今年は地震や災害が多いですね。少し前に実家の奈良で、そして先日の福島の地震。いつどこで次の地震が起きてもおかしくない、そんなふうにさえ思ってしまいますね。どうかこのまま、これ以上地震が起きませんように。

 私の母は、文学少女でした。ですので、我が家には母が集めた世界文学全集がありました。母の願いは子供たちが自分と同じようにその本たちを愛読してくれることだったようです。しかし兄や姉は読書が好きだったのですが、誰一人その本たちを読むことなく、彼らは私の母校に寄贈されていったのでした。幼い頃、その本たちの帯がキレイで、読みもしないのに本棚の前に座り眺めていたのを覚えています。だから読んだことがないのに、タイトルと作者だけは知っているのです。今思えば、本たちには可哀そうなことをしてしまいました。
 10月の初めごろからだったでしょうか。日曜の夜NHKでトルストイの「戦争と平和」がドラマとして放映していました。ロシアを舞台にした作品ですが、聞きなれない名前と伯爵などの位に、慣れるまで誰が誰なのか混乱していました。少し前に最終回を迎え、三人の登場人物の恋模様だけだと思っていたのに、ここが!と上手くお伝えできないのだけれど、とても心打たれ考えさせられる作品でした。長編は苦手だけれど、いつか読んでみたいですね。長く愛される作品と言うのは、一過性の何かではなく、おそらく普遍的なものを孕んでいるからこそ、どの時代を生きる人の心にも響くのでしょうね。それはわざとらしく主張するのではなく、ごく自然にいつのまにか存在するので、天邪鬼な私でもすんなりと受け止められたのかもしれません。

 c0185858_1520021.jpg11月は私の生まれ月ですが、11月は苦手です。嬉しいことと大変なことが、いつも一緒に沢山やってくるから。嬉しかったのは直太朗さんや中さんが来鹿されたので会いに行けましたし、三姉妹ちゃんたちの唄も聴きに行けました。でも、それと同じくらい仕事やプライベートでなんやかんやあって、やっぱり疲れ果ててしまいました。生まれ月は、生れた喜びと苦しみと、出逢う喜びと別れの切なさを改めて感じる月なのかもしれませんね…。ここ数か月、ずっとこんな感じのような気もするけれど…。
 歳を重ねれば、季節が巡るように人の心は変わっていくし、服を着替えるように人との繋がりも変わっていきます。それは自然なことだけれど、それでも、出逢えて良かったと思える人たちがいることを幸せに思い、大切にしていきたいなぁと、しみじみ思うのです。遠く離れていても、毎日、話をしなくても、みんな私の中できちんと息づいているし、見えない何かで私を支えてくれています。以前にもお話したように、出逢いとはとても奇跡的な事だと思っています。出逢いたいと思っても出逢えるわけではないですからね。その中で繋がりが今も少なからずあり、さらに出逢えて良かったと思えるなんて、本当に多くあることではありません。きっとそれだけで私たちは幸せなのかもしれませんね。そう「人生は出逢いで出来てる」なんて言っても過言ではないかもしれません。願わくば、私も大切な人たちの中で「出逢えてよかった」と思って頂けていることを祈っていますが…。



           ところで、あなたは。
              ~ゴン~
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あちらの方では 
楽しげな声が響いている
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「ほんと ひさしぶり」

君は 微笑みながら
遠くを見つめる

木々の小路には
葉からこぼれた雫の音
そして 
雨の向こう側には
微かな 金木犀のかおり

先ほどの
茶菓子の甘さと
薄茶の苦みが
懐かしかった

もうすぐ 冬はやってくるだろう
あと何度 この庭を
君と 眺められるだろうか。







 4月の熊本地震がまだ収まっていないうちに、鳥取での先日の地震。地震大国といえども、間隔が短いように感じられます。どうかこの地震による被害がこれ以上大きくなりませんように。

 今年は秋がどうやら少し来るのを渋っていたようですね。先日ようやく、金木犀が咲いていました。夏の終わり、秋の始まりを告げる金木犀。嬉しい季節になりました。

 最近、どうやら「小雨女」から「大雨女」に昇格したようです、私。
 一週間ほど前の週末、mifuriさんと娘さんたちにお誘いいただき、三女さんの高校で催されたお茶会に行ってまいりました。お茶会と言っても、高校の文化祭で茶道部が一般の方にお点前を披露されるものですので、格式ばったものではありません。ど素人の私でも気軽に頂けるお茶でした。実際は気軽どころかあたふたして、緊張していたのですが。

 数日前から天気予報は雨でした。けれど「雨時々曇り」だったのでいつもの小雨程度と考えていました。ふだんラフな服装の私。さすがにお茶を頂くのだからと年齢相応な服装に。それがいけなかったのでしょうか、当日は久しぶりの土砂降り。どのくらいって、道が川になるくらい。
 娘さんたちの母校は、島津家の庭園のお隣。なので、茶道部の方は、「裏千家」「表千家」交代で毎年、お茶室でお点前を披露されます。今年は三女さんたちの番。すごく楽しみにしていたのですが、私のせいで大雨。重要文化財のお庭ですから、もちろん地面は土。もうね、皆さんビショビショ。待合用のテントの中もドロドロ。
 けれど、きちんとしたお茶室でお茶を頂くのは初めてです。以前、磯庭園に友人と行ったとき頂きましたが、お点前というよりも、もっと簡略化されたものだったように思います。かわいらしい高校生が、ひとつひとつ丁寧に茶器や道具を扱い裁いてらっしゃるのを拝見して、全くどういった意味を持つのかわからないのですが、ただただ「すごいなぁ、かっこいいなぁ」と。
 
 我が家の母も昔、茶道部だったようですが、全く家ではしませんし、私にいたっては関わったこともありませんので、さっぱりです。けれど、こうした非日常的なようで、どこか暮らしの中に接点があるように思える、そういった文化をとても尊敬していますし、憧れてもいます。何かのきっかけがなければ遠い世界のようですが、触れると一気に身近に感じられる、どんな世界でも実はそういうものなのかもしれませんね。全く関わることのなかった世界に、触れることができた今回のお茶会。そのきっかけを作ってくれたmifuriさんと三姉妹ちゃんたちに感謝ですね。
 ちなみに。ついこの金曜日に行われた、とても慕っていた上司の送別会は大雨でした。そして、とくに出かける用事のない今週末は秋晴れです…。大雨女、間違いなさそうです。



                   ところで、あなたは…。
                     ~ゴン~
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いつものように ふたり
c0185858_165299.jpgいつもの時間に
いつもの場所で
待ち合わせをする

他愛のないことや
お互いの近況のこと
今しがた すれ違った
おばさんの服装のこと
そんなことを ひと通り話し 
怒って 悩んで 笑って
一息ついたら
「さよなら」をする

次の約束のない
そんな「さよなら」をする

彼女の笑顔と声に 触れるのが
これが 最後にならないことを
祈りながら 手を振った。








 台風の季節になりましたね。今年の台風は、おかしな進路をたどってらっしゃる。
どんな災害の時も思いますが、何かあったら必ず逃げてくださいネ。誰かの判断を待つのではなくて、自分で危険と感じたら逃げてください。ほら、自分の命だから。

 連休前の週末、島根に住む友人に会いました。私が鹿児島に来てからですから、実に6年ぶりくらいでしょうか。彼女とは歳が少し離れていますが、とても気が合う友人の一人です。以前、フィリピンで台風による壊滅的な打撃を受けた際、現地に留学中で音信不通になった友人です。
 彼女はまるで渡り鳥のような人です。留学後、地元島根で仕事をしていたようですが、退職し、今度はしばらく東南アジアへ一人旅に出るようです。旅立つ前に、鹿児島へ彼女自身の別用もあったのですが、会いに来てくれました。そんな彼女ですから、次回を約束することは出来ません。必ずまた会える、そんな保証はないのです。

 先日の連休を利用して、地元奈良に帰省していました。その道中のこと。現在、九州新幹線は熊本地震の影響で、鹿児島中央駅から熊本駅の一部区間を徐行運転しています。ですので、通常ダイヤでは運行していません。話には聞いていたのです。けれど実際乗車し、ブルーシートを被った屋根がちらほら見えると、涙が出そうになるのです。まったく被害のなかった街も多いし、復興も進んでいるんです。観光や商品・製造などほぼ問題ないのです。けれど、ニュースで見るのと実際に見るのでは、気持ち的に大きく違っていました。

 台風や地震、病気や事故、事件、生きていれば自分が望んでいなくてもいろんなことが起きます。
刹那的かもしれませんが、未来に「絶対」などないように思うことがあります。遠く離れた家族や友人、もちろん近くにいる友人たちにも、「また必ず会える」と、どうして言えるのでしょう。そんな保証もないのに。そう思うとき私は、目の前のその大切な人にきちんと今の気持ちを、いつも伝えているだろうか、そんな風に思うのです。もしものとき、後悔しないだろうか、と。ま、そんなことを考えているときはだいたいが、伝えきれていないときなのですが…。
 きっと今頃、島根の友人は中国あたりにいるでしょう。
 今日も彼女の無事を遠い国から祈っています。



        ところで、あなたは…?
            ~ゴン~
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風が ちりんと 鳴らした
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先ほどの夕立の
立ち上る湿度と
雨の匂いが
夏をより一層 感じさせる

あなたは 線香を焚く

あの方の面影が残る この家は
時間の速度が 少し遅い

けれど もう
悲しみの頃は 過ぎた

あなたが 優しく話すから
あなたが もう大丈夫と笑うから

宵の送り火
今 マッチから
祈りを 灯した。





 連日、暑いですね。夏だからなんですが、私が幼い頃は、もう少し涼しかったような気がします。 
世間ではオリンピック一色ですが、あまりスポーツ観戦をしない私には、困った日が続いています。
みなさんは、寝不足になっていませんか?

 今年はなぜか、私のまわりで家族・親族がお亡くなりになられる方が、多いのです。
そうですね、ここ数か月で4人かな?きっと私が、そうそれなりの年齢になってきたからなんでしょうね。
この世を去る方もいらっしゃれば、生まれてくる命もあります。そうやって命も時間も廻るのだけれど、それでもやはり、去る命は悲しいものですね。
 お盆の習慣というのは、日本各地、それぞれ異なると思います。実は鹿児島に来てから、自宅で(なのかな?)「迎え火・送り火」を灯すことを知りました。それまで私にとって「送り火」と言えば京都の「五山の送り火」でしたから。おそらく、薄れつつある習慣と思うのですが、受け継がれて欲しい文化のひとつですね。
 
 時代が過ぎれば、過去の悲しみを消化してくれますが、同時に忘れてはならないことも、薄めてしまうことがあります。世界は少しずつ、物騒な方へと歩みを進めているけれど、「日本人だから」だけでなく、同じ人間として、あの悲しみを繰り返さない、そして「大切な人の笑顔を護るにはどうすればいいのか」を、しっかりと心に留めていきたいものですね。


            ところで、あなたは…
                ~ゴン~
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受入れる ということ

いま ここにあること
それが どんなことであっても
受入れる ということ
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どんなに そうでないことを祈っても
どんなに それを拒んでも
現実は かわらない

だから 
そのまま まっすぐに
心の中に 着地させて
私の一部にする ということ。






 梅雨、なかなか長いですね…。長い、というよりもひと雨が激しいように思います。なければ困るけれど、降りすぎもこれはこれで困ります。自分の身に危険が及んだ時は必ず、川や山から離れて逃げてくださいね。

 生きていれば、色んなことがありますネ。たとえば、誰かにとって些細な事でも、自分にとっては大事!なんてよくあることですし、不思議なくらい良くないことは連鎖反応的に続くし。私のまわりでも、可愛そうなくらい続いている人がいます。けれど、どれだけ懸命に生きていても、良くない事ってそんなことお構いなしにやってきます。もちろん私にも平等にやってきてるんですけどね。だけど、起こってしまったことに対して、どうしても心が拒絶することがあります。いわゆる防衛本能なんでしょうね。「信じたくない!何かの間違いだ!」ってな感じで。
 
 先日もそんなことがありまして。内容的には取るに足らない、ほんとに些細な事。だけどそれは、ショックを受けることではありました。でね、考えたんです。「信じたくない!」って言ってその現状を変えられるものなら、変わるように努力するけど、変わらないんじゃどうしようもない。んじゃ、受入れるしかないな、って。一旦受入れて向き合って、さぁ次どうしようか、って考えた方が気持ち的に楽だな、となり落ち着きました。ともすれば難しく考えがちだけれど、意外に落としどころと言うものはシンプルなのかもしれません。

 もちろん、事と次第によっては受入れることが難しいことも沢山あります。大切な人を失ったり、未来が暗闇にしか見えなくなったり。けれど、個人のことだけでなくて、世界中の色んなことも、こうした「受入れる」ことからプラスの方向へ変わっていくことが、一つくらいはあるような気もするな、と、ここしばらくの色んなニュースを見ていて思ったりもしたのでした。きっと「受入れる」ということと「服従」や「敗北」は、必ずしも同じ位置にある訳ではない、そんな気がするのです。もしかしたら私が、世界を知らなさすぎているだけなのかもしれないけれど…。


                ところで、あなたは…。
                   ~ゴン~
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失くしものをした

どうやら こころの一部がc0185858_1543582.jpg
失くしたものの 傍にあるようで
いっしょに 迷子になったまま
もう しばらく
私の元に 戻ってきていない

ねえ こころさん
あきらめがついたら
帰っておいで。







 梅雨入りしたと思ったら、いつのまにやら奄美地方は梅雨明けしていました。
5月の末あたりから少々体調を崩しました。なんだか長い地震酔いだと思っていたら、疲れからのめまいでして。薬を飲んでいるのに、めまいも長引くなぁなんて思っていたら、中耳炎にもなりかけていたらしい。相変わらずめまいはときどきやってくるのですが、ようやく落ち着いてまいりました。
そんなこんなをしているうちに、気が付けば街のあちこちで、金平糖みたいな紫陽花が咲いています。同じ木なのに、枝によって違う色を付ける紫陽花もあるようで、
花とはほんとに、不思議で飽きさせませんね。

 少し前、愛用していたものを失くしました。
別段、高価なものではありません。なんなら100均でも売っていそうな代物。
だけど、長年愛用していました。休日、買い物をするためにお店を何軒かまわった後、車に乗ったとき、失くしたことに気付きました。けれど、もう遅い。いつ、どの店で落としたか分からないし、それらの店から随分と離れていましたから。もうそこから、気になって仕方ありません。心の中でずっと思い返して探しているのですが、やっぱり見当が付きません。で、気が付いたんです。ぽっかり心に穴が開いてしまっている自分に。それは、愛着あるものへの気持ちの行き場がなくなって、きっと失くしたものの傍に飛んで行ったのだろう、と思うくらい。
 私は特に物欲が強い方ではありません。強いこだわりも無い方だと思っていますが、どうやら執着心は強いのかもしれませんね。もう数週間たつというのに、思い出すとやっぱり凹みます。だけどようやく、気持ちだけは私の元に帰ってきてくれたようで、少し穴もふさがってまいりました。
 同僚や友人、家族から見れば、私はしっかり者のように見えるようですが、昔からかなりの小心者だしおっちょこちょいで、慌てん坊。今でも巣立ったばかりのカルガモのように平然を装いながら、水面下ではいつも必死になって泳いでいます。三つ子の魂は、ほんとに百まで、のようですね。諦めて戻ってきてくれた「気持ち」だけれど、もう少しもやもやしていそうです。


    ところで、あなたは…。
       ~ゴン~
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Kiss The Earth
Walk and touch peace every moment.
c0185858_17103745.jpgWalk and touch happiness every moment.
Each step brings a fresh breeze.
Each step makes a flower bloom.
Kiss the Earth with your feet.
Bring the Earth your love and happiness.
The Earth will be safe when feel safe in ourselves.
-Thich Nhat Hanh

地球にキスを
歩くその度に 平和に触れて
歩くその度に 幸せに触れる
それぞれの歩みが 新しいそよ風を運び
それぞれの歩みが 花を咲かせる
あなたの素足で 地球にキスを
あなたの愛と幸せを 地球にも
あなた自身が 救いを感じるとき
地球も救われるでしょう
―ティク・ナット・ハン―





まずはじめに、今回の熊本地震、その関連で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

 いつものように夕食後、のんびりとテレビを見ていました。
突然、テレビと携帯電話が警報を鳴らしました。状況をよく呑み込めないまま、一番始めの地震がやってきました。私はただ、壁に手を当てて、立ちすくむだけでした。21年前のトラウマは、今回は大丈夫でした。きっと夜明け前の地震ではなかったからかもしれません。それでも、地面が揺れているのか、それとも自分だけが揺れているのか分からない、そんなことがしばしばあります。
 こんな災害が起きたとき私は、人間という生物として根本的なことを思い出します。たとえば、やっぱり人間も、しっかりと地球の上で生きているんだとか、自分の体の健康を保つために、体を休め食事をするのだということ。そして、いろんな人と繋がって、手を取り合って生きているんだということ。

 正直なところ、地震のことだけでなく仕事の忙しさも相まって、何にも浮かびません。なので、ティク・ナット・ハン師の英訳を。私の乏しい知識でしたので誤訳・意訳しすぎているかもしれませんが。
 
 東日本大震災のときは場所が遠かったこともあり、言い方は悪いけれど、ただただ被害に会われた方を心配していました。けれど、今回は被災していないけれど体感はしました。あれ以来、自分は揺れていないけれど、毎日何度も送られてくる「震源地 熊本 震度3」の情報。いつか震源地がこちらに移動するのではという恐怖と、スーパーの食料品コーナーでお詫びの文章の貼られた、がらんどうの棚を見るたびに、何とも言えない気持ちになるのです。熊本は、九州のおへそのようなところ。熊本が通れなくなると、鹿児島はとても大きなダメージを受けます。農業県だけど、宮崎や熊本・福岡からの食品も多いから。全くない訳ではないけれど、やはり少なからず影響はでているのです。私ができることなんてほんとに些細なことだけれど、それでもその些細な事さえも善意だけではなくて「明日は我が身」と言う気持ちも無きにしもあらず、な私です。そう、私自身の奥底の心を知るのもこんな時なのです。


             ところで、あなたは…。
               ~ゴン~
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