まるで 宇宙まで見えそうな
c0185858_16241695.jpg突き抜けた 青空だ

何か諦めるという事
何かを選ぶという事
何かを捨てるという事

それらは 必ずしもイコールじゃない
教えてくれたのは 君だった

欲しいモノよりも
護りたいモノが 多くなった
だから いま
一つひとつを 吟味する

幼い頃 駄菓子屋で悩んだ
あの頃のように

そして 僕は
身軽に なっていく

そしたら きっと
僕の ほんとの悩みも
いつか わかるはず。








 昨日は節分でした。鹿児島に来てから、豆まきは落花生でしたが、アレルギーの為、今年から大豆復活。それで一安心していたら、太巻き(恵方巻き)にまさかの青シソ。全部は取り除けなくて食べてしまいました。やっぱりアレルギー反応出ちゃいましたが…。
でも、ま、今年一年の福と鬼を送迎できたので、よしとしましょうか。

 私は、シンプルなモノが好きです。シンプルなデザインの服やシンプルな家具など、いろいろ。欲張りな私は、あれこれ機能がついているモノにも心惹かれますが、面倒くさがり屋でもあるので、結局「ん~あっても使わへんな」と言って、どんどん捨ててしまいます。たとえば雑誌やスマホのアプリなんかもそう。必要なモノがあれば十分で、モノが溢れかえっているのが苦手なのです。どうやら私、母のDNAをしっかり受け継いだようです。もちろん、捨てすぎてあとで「しまった!」となるところもキチンと受け継いでいます。

 先日、と言っても1月の中旬ごろ、鹿児島市内にある長島美術館へ「ディックブルーナ シンプルの正体」展に行ってきました。絵本は持っていないのですが、ディックブルーナが好きです。シンプルで優しくて力強く、でもそっと伝わってくる、そのメッセージが好きです。小さなお子さんも多く来場されていましたが、内容的にはちょっと子供向きではなかったように思います。デザインの展覧会でしたから。でも私は、ワクワク。デザインだけでなく、彼のシンプルへの考え方やルールにも触れることができた、そんな展覧会でした。

 多すぎる言葉は、ときに本当に伝えたい言葉をうずめてしまう、そんな風に思うことがあります。ですので、私はいつも何かを書くときは、できるだけ短く分かりやすい、的を得た言葉を探します。ま、私が長い文章を読むのが苦手というのが大きな理由なのですが。だけど、優柔不断で考えが纏まりにくい私は、ついつい長い文章に。しかも語彙力も乏しいから、さあ大変。理想は、短いけどストレート過ぎず、温度と景色や厚みがある言葉。簡単そうだけど、なかなかどうして難しいものですネ。
だから、ディックブルーナのような人を憧れます。あ、俳句や短歌を詠める人も。

 センスの良し悪しではなく、シンプルを好むかどうかは、その人の好み。もちろんシンプルが一番という訳ではありません。私の姉は、私と真逆に近いですからね。
 だけど「シンプル=あらゆることを合理的・効率的に考え、不必要なものを全て排除すること」とは、思いません。その価値は、その人にしかわからないのだから。その中で「本当に伝えたいこと」「本当に欲しいモノ」自分の中の「本当」の基準を模索しながら、私は生きていくのだな、と改めて思ったのでした。

 ところで。今回行った長島美術館は鹿児島市内の小高い山の上にあります。気のせいか、いつも風が少し強い。だけど、私は城山(鹿児島市内を一望できる名所)からの眺めよりも、ここ長島美術館から見る桜島がキレイだと心ひそかに思っているのでした。ちょっと行きにくいんですけどね。来鹿される機会があった際、思い出していただけたら幸いです。
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                 ところで、あなたは…。
                    ~ゴン~









第2回プラチナブロガーコンテスト



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ささいな言葉で
c0185858_15312130.jpgこころは ふらふらしてしまう

ささいなことで
こころは よろよろしてしまう

よくよく考えてみれば
どおってことないことだけど

よくよく考えすぎても
どっぷり大きな穴の中

どのみち 迷路に入るなら
さらり さらりと
言葉をながし

ゆらり ゆらりと
生きて ゆきましょか。







 あけまして おめでとうございます。どうぞ今年も宜しくお願いいたします。
というには、もう随分と日にちが経ってしまいましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 さて、某占い師さんが言うには今年の私は「大殺界」なるものらしいです。できれば、人生に関わる大きなこと、引越しとか転職とか結婚とかそんなことはしない方がいいらしい。いつもの自分では上手くいかないことばかりですので、気を付けるように、とのこと。
 困りましたね、避けられない転職という大きなことが待っているのに。けれど、こればっかりはどうしようも出来ない事ですからね、先延ばしには出来ないし。自分としては物欲はあまりないと思っていますが、欲張りではあります。それに頑固だし。ですので、我慢と経験を積む年だというアドバイスと受け止めています。

 こんな話をしたことがあったでしょうか?私は女性あるあるで占いが好きです。ですが、血液型や星座、誕生日占いはあまり信じていません。なぜなら、私と同じ誕生日の同級生を3人知っているからです。彼女たちが私と同じ性格で同じような人生を歩んでいるとは思えないのです。だったらまだ姓名判断とか手相のほうが、より私のことを占ってくれていそうでしょ。
 そういえば昔占ってもらった手相では、28歳前後で結婚すると言われましたが実際は…。人生は、何があるかわかりませんね。けれど、言えるのはその当時の私が真剣に「結婚」を求めていなかったという事。自分の事で精いっぱいでしたからね。きっと占いというものは、「きっかけ」や「アドバイス」のようなものかもしれません。それに対してアンテナを張っていれば気づくかもしれないけれど、張っていなければ良いことは通り過ぎてしまうだろうし、よくない事には正面からぶつかってしまうかもしれない。なので「当たるも八卦、当たらぬも八卦」なのでしょうね。

 未来を考えては、いろいろと思いを巡らせて「今出来ることをしよう」とあの手この手でバタバタと悪あがきをしている毎日です。けれどいつかきっと、それがどういう結果でも、良かったと思える日が来ると信じているのも確かなのです。さて、どんな場所でどんな人と出逢い、どんなことが起こるのでしょうね。ワクワク3割、不安が7割ですけどね…。
 ところで、すでにおみくじを3回もひいてしまった私。総合的には「精進すれば報われる」という内容でしたが、その他もろもろの「出逢い」や「仕事」はさまざまです。はてさてどうしたものだか…。


            ところで、あなたは…。
              ~ゴン~






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c0185858_15105927.jpg今はただ
少しの勇気と
そのための覚悟を 持てばいい

わたしの明日を 創るのは
たくさんの あなたと
それを生きてゆく わたし。










 最近、体調が優れません。風邪が行ったり来たり。歳のせいもあるだろうけど、忙しさにかまけてほとんど運動をしないから、体力も落ちているんでしょうね。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 みなさんは、好きなCMってありますか?普段、録画したものやEテレを見ることの多い私は、あまりCMを見ないのですが、少し前から好きなCMがあります。それは日立の企業CM。土曜の「世界 不思議発見!!」の時に放映されているものです。
CMの作りだけでなく語られている言葉も好きですが、特に響いたのが最後の言葉。
「未来はオープンだ。アイディアで変えられる」
 一年後、いや明日のことさえも、体調が優れないこの頃は不確かな気持ちでいるものですから、なんだかこの言葉は、私をプラスに変えてくれます。

 私はどちらかと言えばプラス思考です。「ま、いいか」や「なるようにしかならない」なんて、まるで投げやりのようにしか聞こえない言葉も、私にとってその言葉の向こうには「次へ進むための準備に入っている」そんな覚悟も混ざっています。
 もちろん私だって、いつでもプラス思考という訳ではありません。なにせ小心者ですからね。小中高生の頃は、どちらかと言えばマイナス思考の方が勝っていたのです。少し変われたのは、年の功と出逢ってくれた友人たちのおかげだと思います。最近は、落ちるところまで落ちると「これ以上、私一人で悩んでたってしょうがない。だから他の人に意見を聞こう」とか「そうなったときは、なったときや!」と開き直ります。ま、父からは「あきらめが早い!!」と昔、よく怒られてましたけどね。

 私は性格上、自分で自分をいつの間にか追い込むくせに、誰かに追い込まれることを、あまり好みません。なにせできれば「穏やかな日々」を望んでるくらいですから。けれど最近、「絶体絶命に近い状態」も嫌いじゃないってことに気がつきました。たとえば子供の頃、台風が来るのをワクワクしていたような感じ。逆に燃えるというんでしょうか。だから、9月の台風直撃で鹿児島に戻れるかどうかの時も、「なんで今日やねん!」と思いながらも、内心はワクワクしてました。「途中で止まったら、どうやってその先帰ろうか?それとも博多で泊まる?」なんて考えながら。

 来年は確実に、「穏やか」とは言い難い年になるでしょう。だけど不安と一緒にワクワクもあります。ここ10年くらいで、もう何度も就活で嫌な思いをして、何度も涙を呑んできたのに「思う仕事に就けなくても、なんとかなる気がする。いろんなこと経験してきたし。また、それが増えるだけ」なんて思ったりもします。そうですね、ピンチを楽しめる様になったら、きっと未来や世界は変わるし、もっと面白くなる気がするのです。そう「未来はオープンだ。アイディアで変えられる」のですから。
 さて来年は、どんな一年が待っているだろう?どんな一年にしましょうか?どんな人に出逢えるでしょうか?できれば、悪いことは良いことよりも少し少なめでお願いしたいな…。
 どうか、私と私が大切に思う人たち、そして皆さんにとって、よいご縁が訪れる年になりますように。
 では、少し早目のメリークリスマスと、良いお年を、を。  あ、年賀状書かなきゃ…。

       ところで、あなはた…。
          ~ゴン~








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好きなものは好きって
c0185858_14365934.jpg嫌いなものは嫌いって
そう素直に言えないのは
少し 辛いね

君はそう
寂しげに言うから

僕は君が好きだよ

そう言ったら 君は
目を丸くしたあと
はにかみながら
ありがとう と言った

嬉しそうだったけど
せめて「私も」って
言ってくれないかなぁ。







 ようやく秋になったと思ったら、あっという間に寒くなりましたね。私は嫌な予感的中で風邪をひき、現在、咳と戦っていますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 11月は私の生まれ月です。毎年思いますが、生まれ月は特になんだか色々あります。嬉しい楽しいことも、切なく哀しいこともいっぱい。それは、日々の些細な事というよりも、どちらかと言えばちょっと大きい、なんだったら自分の人生に確実に「思い出」として記憶されること。
 今月もまだもう少しありますが、すでに誕生日とイベントを一つ終え、その前に予期せぬ出来事が起こり、あと二つ予定が残されています。楽しいことは直太朗さんのイベントと大阪の友人たちが鹿児島旅行に来ること。そして哀しいことは、産休をとる同僚と先輩が退職すること。
 
 この便りを書いているときもそうですが、自分の想いを伝えるって本当に難しいと思うのです。嫌われてもいいから自分の人生の舵はきちんと執ろうと決めてから、なるだけ自分の気持ちを素直に伝えるようにしてきました。けれど、それでも相手や状況、自分の性格を考えると本当の気持ちを素直に、間違いなく伝えることが難しいことも、たくさんあります。

 今回の直太朗さんのイベントはファンクラブイベントでしたので、想いの深さやカタチはさまざまですが、コアなファン揃い。目を輝かせている人、ずっとソワソワしている人、緊張のあまり固まっている人、常にハイテンションの人いろいろ。そんな方々を見ながら、みなさん可愛いなぁと失礼ながら思う自分がいるのです。で、あんなふうに自分もできたらなぁって。もちろん直太朗さん好きですよ。だけど、わたし天邪鬼ですし、なぜだかそういう感情を上手く表現できないし、となるのです。文章ならなんとか形にできるのですが…。でもまぁ、楽しかったからいいか…。

  そして予期せぬ出来事は先輩の退職でした。公私ともにお世話になっている仕事の先輩。何でも相談出来て、尊敬している人です。私も彼女も派遣社員です。派遣法が変わってから、同じ場所での雇用期限が3年間となりました。施行以前から勤めていた私たちの期限は同じで、その期限もあと9か月と迫っているのです。そんな中、彼女は次の職場を決めました。それはこの数週間でのことでした。
 彼女はシングルマザーです。契約ギリギリまで働くという選択肢もありますが、子供たちを養っていかねばなりません。しかも50目前の彼女にとって、自分の希望に添える職場を探すのは、なかなか難しいことでもあります。なので、本来ならおめでとうと、心の底から祝福をしてあげたかったのです。けれど今の職場はいろいろと問題もある職場ですので、手放しにおめでとうとは、悲しいかな言えないのです。
 私も人生いろいろクネクネ歩み、色んな会社を退職してきたから、彼女がどれだけ悩んで決断をし、誰にどう伝えるかで悩んでいるかがよく分かります。だから、私は退職を告げられた時、ただ笑って「自分と家族を一番に考えてください。ここは大丈夫です。めでたいことじゃないですか。」と言ったのでした。だけど、その日からなんだか気持ちがモヤモヤ。で、はたと気がつきました。私、彼女に頼り切っていたんですね。だから、めでたいと思う気持ちの向こう側には、寂しさと心細いのと不安と焦りがモヤモヤしていたんですね。いつかは私もいなくなる人。だから次は私が後輩を支えなければ。そう思えば私自身、親離れならぬ先輩離れの時期なのだと気がついたのでした。退職されるまであと少しありますが、みんなに気を使っている彼女を見ていると、私の本当の気持ちを伝えれそうには、ありませんね。ま、伝える必要もないかもしれないけれど。でも、きっと最終日には泣いてしまうんだろうな…。

 思い返せば、幼い頃はそうでもなかったのですが、いつの頃からか感情表現が上手くできなくなっていました。ですが、ここ数年ようやく面白いとか楽しいとか感動したとか、怒りや憤りに対しては、し過ぎるくらいかなり素直に表現できるようになってきました。でも、相手が深く関わるであろう好意や寂しさなどの感情に対しては、今もちょっと不器用なようです。それとも鈍感なだけかしら…。伝え方にもよるだろうけど、もう少しそこらへん素直だったら、きっと可愛らしげもあるんでしょうけどね。やっぱり自分の感情を伝えるって難しい…。



           ところで、あなたは…。
               ~ゴン~








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そして キミは消えた

「故郷の 訛り懐かし停車場の
人ごみの中にそを聞きに行く」
そう ポツリと唄って

笑っていたけど
哀しい眼をしていたのは
きっと 本心だったからだね
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この街は 寛容だけれど
なぜだか少し 淋しい

この街の人に成りきるには 少し
キミは 不器用だったのかもしれない

故郷の 今日の空は
どんな色をしていますか。






 もう10月なのに、鹿児島はまだまだ暑い日が続いています。来週も続くのかな? 地域によっては寒暖差が激しいようですので、お気を付け下さいね。

 その人の習慣や話し方は、その人を形成する大切なモノの一つだと私は思っています。礼儀のあるなしとかではなく一般的な習慣や話し方は、その人が育ってきた文化や環境であり、いわゆるアイデンティティーのようなものだと考えています。だから、それを指摘(よくない形で)されたり、批判されると、その人はかなりダメージを受けます。だって自分のアイデンティティーを、しかも無意識でのことを否定されているのですから。そんなとき、言った相手は「失礼なことをした、傷つけた」と思っている方はほぼいません。むしろ、よかれと思っている方もいます。

 私が鹿児島に来て、一番苦労したのは食べ物や習慣、土地勘ではなくこの「方言」でした。「聞き取り」は多少ですが、どちらかと言えば「話す」ほうです。おそらく、生まれ育った場所から、遠く離れた場所へと移り住んだ方は同じような体験をされた方が多いかもしれませんね。よく東京に移住して、方言で笑われたから話さなくなったとか、標準語を練習した話を聞きます。私の父も東京での単身赴任中は、関西弁をなるだけ話さなかったようです。
 私自身は先ほども話したように、話し方もその人を語る上で大切な一部だと考えていますので、方言が好きです。けれど、私がそうでも相手がそうとは限りません。とくに私は奈良県生まれで、奈良で30年間生活していました。自分としては鹿児島弁に近いイントネーションで話していても、ベースにあるのは関西弁です。敬語を話していればあまり感じないようですが、親しくなれば関西弁がかなりの度合いで出ますし、怒るとやはり関西弁が強いのです。で、「ゴンさんは怖い。言い方がキツイ」と言われるパターン。きっと。いや、間違いなく私の短気な性格も大きく影響しているのだと思います。歳を重ねるごとに短気さは増してきている気がしますしネ。それでも鹿児島に移住し、初めてそう言われた時から気を付けていますが、ダメですね。繰り返しているようです。もちろん鹿児島は好きだし、そうでない方も多いのですが、それでも何度言われてもやはり凹みますネ。

 鹿児島に移住したとき、思ったのです。「住みたいと思ったところへ、思った時に、苦しく辛い思いをしないで、移住できたらいいのに」と。あの頃は、その意味を「就職する」という意味で考えていましたが、今は「言葉」についてそう思うことがあります。こんなにもテレビが普及していろんな方言が飛び交っていても、やはり実際に耳にすると異なるのでしょうね。昔はそんな風に思ったことはなかったけれど「関西弁=怖い」は、思いの外私にダメージを与えています。実際、ご本人たちは怖い思いをされたのだろうけど…。

 私には、奈良や大阪以外に滋賀や鹿児島、奄美、熊本や島根や岡山、愛知などいろんな場所に友人・知人がいます。私はみんなが話す「方言」が好きです。たまに聞き取れませんが、特に「怖い」とか感じたことがありません。あ、関西弁よりも怖い印象の方言があまりないからか…。なんでしょうね、その人の素を感じることができるから好きです。もちろん地元が関東弁ならそれもいいじゃない!! 方言バンザイ!! もっと日本中のいろんな場所で、いろんな方言が飛び交えば、もっと日本は面白いのに!! 
 先日、久しぶりに何度目かのダメージを受け、今だその後遺症が拭えません。けれど、相手を怖がらせたことへの反省をしつつも、自分を空回り気味に励ましている私でした。


        ところで、あなたは…。
          ~ゴン~





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涙が止まらないのは
c0185858_15300887.jpgきっと
とても 疲れているから

涙が止まらないのは
きっと
あなたの声が 優しいから

過ぎ行く時間に
心が少し 追いつかなくて

手の中のモノと
思い描いていた未来との
パズルがうまく はまらない
それでも 必死に
ピースを探していたから

涙が止まらないのは
きっと
本当はずっと
私が 泣きたかったから。






 ここ数年、毎年のように思うのですが、今年も水害が多いように思います。突然やってくる集中豪雨は、前もって進路が予想できる台風よりも恐ろしいですね。皆さんもお気を付け下さいね。

 今勤務している会社にはお盆休みがありませんので、夏の帰省は9月の連休になる。それがここ数年の私のパターンになっています。今回も10月の連休と迷ったのですが、9月の連休に合わせて有休もいただき、帰ってきました。

 我が家はとても賑やかです。それは昔から。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、もちろん喧嘩も。さすがにこの歳になると落ち着きましたが、幼い頃は家じゅう走りまわり、はしゃぎまわって、よく母に怒られていました。
 私は3兄妹の末っ子。兄妹、仲かがいい方だとおもうのですが、けれど3人とも容姿も性格も全く似ていません。たとえば開けにくいお菓子の袋を渡した時、兄はハサミで開ける、姉は努力をするが力尽きる。私はグチャグチャになっても手で開ける。それに気づいた母は、同じように育てても個性って違うんだと感心したそうです。そんなバラバラな3人なので、好みもバラバラですが、不思議と話しは合うんです。で、今回の帰省時も、いつも誰かが何かを話していて、その話を終わるのを待って、次の話題を話したそうにしている誰かがいる状態。それが我が家の「いつもの光景」なのです。

 私は特にホームシックなどにかかる方ではではありません。悲しいかな、居心地悪い時もありますが、一人でもなんとかなるほうです。しかし、こうして「いつもの光景」に出くわすと、何とも言えない郷愁というか、胸がキュンとしている自分に気付きます。
 それは、心が無防備な時にやってきます。いつもどこかで、やはり気を張っているのでしょうね。誰かの何気ない仕草や言葉が、深く染みるのです。染みた心は、タガが外れたように緩んでいきます。その結果、ふいに泣いたり笑ったり。で、心が軽くなる。
その誰かは、ときとして家族だったり友達だったり。

 私は「ひとりで生きていける」とは思いませんが、ひとりは嫌いではありません。けれど、やはりこうした何気ない「いつもの光景」があるだけで、人って、もっとまあるく柔らかい気持ちで生きていけるのだな、と思うのです。もちろん、様々な性格と習慣と譲れないものがある人が一緒に生活したり、同じ時間を共有するのだから、いいことばかりではないけれど、それもまたある種の「いつもの光景」なのですね。
 今回も、自分の事だけでなく周りのことでもいろいろあった帰省でしたが、心配しあえる人がいるって、ほんとは幸せなのかもしれませんね。この歳になってようやく、そんなことにきづいたのでした。
ほんとにいろいろあったけど…。詳しくは、編集記で…。


                ところで、あなたは…。
                   ~ゴン~






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 現在私が勤めている会社には、お盆休みがありません。ですので、今月の3連休の2日前から有休を頂き、奈良の実家へ帰省してまいりました。
 私は実家へ帰る前は、なるべく冷蔵庫を空の状態にしてから帰省しますので、必ず一日余分に休みを残して、鹿児島に戻ってきます。でないと買い物に行けないので、その後一週間、食料がない状態になってしまいます。そのかわり、戻ってくる日は新幹線を最終便、または最終一本前で帰ってくるのです。もちろん、今回もその予定で新幹線のチケットを一ヶ月前から予約していました。台風が直撃するなんて、思ってもいませんでしたから。

 私が鹿児島に戻る17日は、朝から台風が鹿児島周辺をウロウロしていました。新幹線で鹿児島中央から新大阪までは、九州新幹線と山陽新幹線をまたいで運行しています。その日の朝の時点では、山陽新幹線は全線運行していたのですが、九州新幹線の熊本~鹿児島中央間のみ、運転を見合わせていました。つまり、どんなに頑張っても熊本までしか私は帰れないのです。

 実家の奈良から新大阪駅まで、電車で1時間30分ほど。台風の影響や駅の混雑も考えて、新幹線の出発予定19時9分の1時間前には到着していたかったのです。ですので、次の日にチケットを振り替える期限は、午後15時30分。しかしその時間になってもJR九州のHPの内容に変更はありません。思い余った私は、直接JR九州に電話。すると現在、線路点検中、終わり次第運行予定とのことでした。このチャンスを逃すわけにはいきません。九州を後にした台風は、四国と中国地方を巻き込んで関西に向かっていたのですから。

 ダメもとで新大阪に向かった私。新大阪駅についた時点で、まだ熊本~鹿児島間が運行していなければ、また実家に戻ればいいのです。ところが、新大阪に向かう電車の中で姉から「山陽新幹線の広島周辺で、倒木で停電のため、運転見合わせと発表された」と連絡が入ったのです。しかしもう復旧することを祈って、新大阪に向かうしかありません。

 新大阪に着いた私。一目散に新幹線の出発便の電光掲示板の元へ。すると「さくら」「みずほ」(新大阪~鹿児島中央間を走る新幹線)の文字の隣には「鹿児島中央」の文字が。そして友人と姉のLINEから「九州新幹線も全線運行開始した」との連絡。一応確認の為、駅員さんに聞くと遅れは出ているものの、停電も復旧はしたとのこと。これで帰れると安心。会社へのお土産やら車中の飲み物など、近くの売店でのんびりと買っていたのでした。

 ところが再び改札へ行き電光板を見ると、私が乗る予定の便19時9分の「さくら」が表示されません。慌てた私は、チケット売り場の窓口に。新大阪には窓口が「JR西日本」と「JR東海」があります。動揺しすぎてJR東海に行ってしまい、詳しくわからないのでJR西日本へ行って下さいと、窓口のお姉さんを困らせてしまいました。今度は走ってJR西日本の窓口へ。チケットを見せて、運行するのか確認。どんな時間になってもいいんで鹿児島まで帰りたいんです!と訴えると、「運行する予定ですが、必ずとは言い切れません。もしよければ18時52分発の「みずほ」なら確実に定時に発車しますので、振り替えましょうか?」とお姉さんが提案してくださいました。時間はすでに18時44分。迷っている時間はありません。「指定席はもうないですよね?」の問いにお姉さんは「大丈夫です」とすぐにチケットの手続きをしてくれました。そこから荷物(キャリーケースとお土産と自分のカバンとお弁当)を持って猛ダッシュ。なんとか時間に間に合い乗ることができました。「新幹線に乗れたら連絡をして」と心配してくれていた実家へ「おそらく鹿児島へ戻ることができるだろう」と電話をし、母が作ってくれたお弁当を食べていたのでした。

 岡山に近づいたころからです。だんだんと雨風が強くなり、車体もかなり揺れていました。そして広島に着く数駅前で、電車は停車。運行中だった電車がさきほどの停電で停車し、復旧とともに一斉に動き出したことによる信号待ちでした。待ち時間30分ほど。そこから広島までの各駅で信号待ち。広島を出たあたりから、ようやく通常の停車駅になりました。けれど、窓の外はまだ風が強いのか、まるでジェットコースターに乗っているような気分に何度もなったのでした。
 博多に着いた頃だったでしょうか。なんとなくJR西日本のHPを見たところ、あの後、再び岡山で倒木による停電の為、新大阪~岡山間が運行取り止めになっていたのです。しかも、なんとその中には私が乗る予定だった「さくら」も含まれていました。もし、予約通りに「さくら」に乗っていたら、帰れなかったかも。私、ものすごく運がいいのかも…でも台風直撃しているし、運が悪いのか…。いや、みんなも台風に遭ってるから、やっぱり運がいいということにしておこう。

 通常「みずほ」は、新大阪~鹿児島中央間を約3時間45分ほどで走ります。停車駅は新大阪、新神戸、岡山、広島、小倉、博多、熊本、そして鹿児島中央。ちなみに「さくら」は、停車駅が増えますので約4時間ちょっと。その日、私が「みずほ」で新大阪を出たのが18時52分、鹿児島中央に着いたのは夜の24時30分ごろ。約5時間30分かけて帰り着いたのでした。
 帰り着いた鹿児島は、地面さえも乾いているくらい落ち着いた様子。通常時の最終便でも鹿児島に着くのは23時を過ぎます。さすがに23時を回ると、私が帰る方向にはバスも市電も走っていませんので、いつもは20分~25分ほどかけて、歩いて自分の部屋まで帰ります。が、さすがに疲れ果てた私。タクシーに乗ろうとすると、私の行先がワンメーターちょっとと知った運転手さん、若干嫌な顔。乗せてはくれましたが、やっぱりタクシーは苦手です。

 余談ですが。連休中、東京へ遊びに行く予定だった友人。16日に帰省の予定でしたが、飛行機が鹿児島空港への着陸を2度試みるも無理と判断し、再び東京へ。その後、飛行機は飛ぶことすらなく、一泊二日の予定が三泊四日になり、18日にようやく鹿児島に帰り着いたそうです。
 やはり、自然てのは予測不可能ですね…。帰りつけただけでも私は幸せでしたが、かなり思い出深い夏の帰省になりましたヨ。





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朝霧の中
c0185858_16123533.jpg湖面に映る その姿が
美しかった

どんな言葉で語っても
きっとそれは
私の想いには
到底 及ばないのだろう

そう それは
あなたに伝えたかった
ほんとうの 気持ちのように。





 台風がようやく去って行ったと思ったら、例年以上の暑さがやってきました。鹿児島は地元奈良よりも湿度が低く、夏は暑いけど意外に過ごしやすいのです。けれど、今年はいまのところ、張り合えそうなくらい蒸し暑い…。このままだと夏バテ突入の予感。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 実は私は、しゃべるのがあまり得意ではありません。そんなことを言えば、私をよく知る人は驚かれるかもしれませんね。今も接客業をしている私にとって、初対面の方と話をすることは別段、苦ではありません。特に人見知りをする方ではないし、人前で話をすることもそんなに嫌ではありません。でも、苦手なのです。それは、自分の想いを考えながら話をする会話が、です。仕事は、だいたい話すことが決まっていますし、スピーチにしても突然頼まれない限りある程度、自分の中で内容を考えることができます。けど、会話はそうはいきません。初対面の方や普通の日常会話程度なら問題ありませんが、深く話をするときは想いがまとまらなくて、何を伝えたかったのか、さらには元々何の話をしたかったのか、自分でも分からなくなるのです。そして後で、自己反省からの自己嫌悪。
 私は単純で、分かりやすいモノでしか理解できない人間です。だから芸術だってそう。前衛的なモノや感性を強く意識したものは残念ながら、あまり感受することができません。だから、言葉も分かりやすいものでしか、伝えることができないのです。それは自分が理解できないから。自分の気持ちすら理解するのに時間がかかるので、それを咀嚼して消化してから話そうとすると、会話にならないし、会話をしようとすると、迷路に入り着地点を見失うのです。しかも関西人ならではのオチも付けたくなる。で、実のところ、話すのが苦手なのです。

 台風5号が鹿児島市内に近づいた朝、台風の所在と進路が気になってテレビを点けました。時間はもう8時をとっくに過ぎていました。テレビからは広島の原爆記念式典の様子。先ほどもお話しましたように、私、難しい言葉をすぐには理解できません。どんなに素晴らしい言葉であっても、小難しい言葉で語られた言葉は、なぜあんなに心に留まりにくいのでしょうか。見栄えや形がよくても、どれだけの人に本当の想いが伝わったのでしょうか。私は多くを見ることも無く、テレビを消してしまいました。

 会話は、地球上のさまざまな動植物がします。簡単そうだけれど、でも実はとても難しいと思います。上手く伝えられない事、上手く伝わらない事なんてよくあることですから。
 「話さないでも分かってほしい」そんな風に思うことがあります。けれど。そんなことが誰でもできれば、会話すること自体、消滅してしまうかもしれませんね。昔の上司によく言われました。「思っていても、行動や言葉にしないと思っていないのと同じ」と。苦手でも、それでも誰かと会話し、繋がっていたいと思うのは、自分の事も相手のことも理解してほしいし、理解したいと思うから、なのかもしれませんね。
 「苦手」と言いつつも、やっぱりコミュニケーションをとることは好き、という矛盾だらけの私。そんな私に、いつも付き合ってくれている友人たちに感謝ですね。


          ところで、あなたは…。
             ~ゴン~







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どこからともなく聞こえる
c0185858_14541218.jpg葉音が 風の所在を告げた

君はゆっくりと
けれど確実に 歩を進める

まるで木々たちの鼓動が
聞こえそうな森のなか
ふたり 落ち葉を踏みしめる
音が響く

この森にとって 私たちは
どんな風に見えるのかな

君は振り返り笑った

僕は君が納得する答えなど
持ち合わせていなくて
ただ 「どうだろうな」
としか 言えなかったけど

そんなことなど
今の僕にはどうでもよくて

ただ君が 笑ってる
それだけでこの時間が 心地よかった。





 もう勘弁してください、そう言いたくなるくらい、雨雲は無情にも何度も被災地を通過していきます。今日も雨です。おそらくこの一週間も雨が続くでしょう。今回の豪雨で、亡くなられた方のご冥福と、被災されている方のご無事を心よりお祈り申し上げます。

 もしかしたら人間の「生命」というのは「樹(木)」のようなものなのかもしれませんね。
ここしばらく、いろいろと体調が優れません。季節の変わり目ですし、おそらく疲れやストレスなんかもあるのでしょうね。ひとつ治ればまた次に、と言う感じ。だからと言って大げさな病名がつく程のものでもありません。私は昔から、電池が切れたように体が不調を来たします。そういうときに限って、楽しみにしていたこととか大事な何かと被る。よくある話です。
  で、そんな自分を羨んでいた時、ふとそう思ったのです。「何をしても強く太く元気な人もいれば、突然体力が切れちゃう人もいる。体力なさそうなのに意外に粘り強い人もいれば、あの人が?って思う人が体調を崩したりする。きっと生命の樹ってのが体の中にあって、人はそれをもとに生きてるんじゃない?それはきっと、その人の見た目とその樹の大きさが必ずしも同じって訳じゃないんだろう」と。
 まるで怪しい団体の勧誘的な話ですね。大丈夫です、違いますから。ただなんとなく、そんな風に思ったのです。で、そんな風に考えながら「みんな、樹を背負って生活しているんだわ」なんて想像したら、ちょっとおかしくて。でも少し気持ちが晴れました。

 私たちの体にしても、植物を育てるにしても、ただただ栄養だけ取っていればいい、というものでもありません。日光だけでなく、きちんと夜だって必要。できれば、話しかけた方がキレイな花が咲くと言いますし、勝手には育ちません。やっぱり大切に手をかけなければ、枯れてしまいます。が、かけすぎもよくありません。
 私は少し自分の樹を、おざなりにしてきたのかもしれません。幼い頃からそうだった訳ではありません。けれど、いつの頃からか幹は凸凹になり、葉もうまく光合成できていないようです。もとよりグリーンフィンガーではない私ですから、自分の樹もうまく育てられないのかもしれません。もう少し大切にしなくてはなりませんね。心身が健康である、ということは、本当に大切で有難いことです。
 ちなみに我が家のガジュマル。私の部屋で唯一、枯れずにいる木です。ただ幹は細いまま、全ての葉を窓の外に向けて必死に生きています。我が家はそんなに過酷な環境なのだろうか…。

                ところで、あなたは…。
                    ~ゴン~






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 今回はちょっと寄り道。編集記。随分と久しぶりで、4年ぶりですネ。ちょっと長いのですが、お付き合いいただければと思います。

 ところで私は花粉症です。それはもう小学生のころからでした。そして現在は、花粉症と併発する食物アレルギー(口腔アレルギー症候群《OAS》)もあります。OASが発症したのはまだ短大生だったころ。そのころはまだ食物アレルギーといえば卵や小麦、乳製品くらいしか多くは知れ渡っていない頃でした。 
 ある日リンゴを食べた私は、心なしか口内にかゆみを覚えたのでした。一時的なものだと思っていたのですが、その後、何度食べてもかゆくなる、それが始まりでした。今では、バラ科の果物(桃、サクランボ、梨、枇杷等)は生だと食せません。加熱すれば大丈夫なものもありますが、体調にも左右されるので食べません。そして去年、ついに苺デビューし、苺も食せなくなりました。ショートケーキが…食べれない…。

 先日、大葉(青しそ)が夏前だというのに珍しくお手頃価格で販売されていました。嬉しくなって、大量買い。意気揚々と料理しているときでした。味見をした後の口内が、いつまでたってもムズムズするのです。けれど、シソアレルギーなんて聞いたことがない。きっと気のせいだと思いながらも、不安でそれ以上その日は口にしませんでした。翌日、焼けばいいかもと火を通して食すると若干、違和感があるものの昨日ほどでもない。けれどやっぱり、不安が残る。数日後、かかりつけの内科の先生に伺うと「あ、アレルギーですね。」と一言。シソそのものか、シソの産毛が原因かはわかりません。血液検査をしたわけじゃないから確定じゃないけれど、反応している限り食べないで下さい、と言われたのでした。そのまま食べ続けると、全く関係のない食材にも反応が出る可能性も、これから先あるから、と。 
 私はスギ・ヒノキ・シラカバ以外にもイネ科の花粉アレルギーを持っています。5月6月は最盛期。体調が芳しくないところに、シソを食べて反応したのかもしれませんね。

 実は今、何かを食べるという事に、若干の恐怖を覚えます。私のアレルギーは小麦や卵、ソバやピーナッツほど激しいアナフィラキシーはおそらく出ません。ですので、ショックで死に至るとまではいかないでしょう。それでも、次に何に反応し、食せなくなるのか予想がつかないだけに、正直怖いのです。何かを作って食することが楽しみでストレス発散の私にとって、それは尚更でした。 
 シラカバ科のOASの食材は多いのです。それに、イネ科のOASが加われば、ほとんどの野菜、果物、穀類が食べられなくなる可能性があります。現在、アレルギーの治療法として、舌下療法が注目されていますが、OASの症状によっては受けられない可能性があります。その他ではまだ、完治できる治療法が民間レベルでは確立されていません。こんなにも世界中にアレルギーを持っている人がいるのに、です。

 でもね、ある日思ったんです。こんなふうに悲観的になっていても、しょうがない。なったものは変えられへん。いつ、何になるかも分からへん。予防もでけへんのやから、諦めよ。それよか、自分の体調と相談しながら、食べたらあかん食材は食べないで、美味しいと思うものは今のうちに、食べておこ!って。だって、シソみたいにいつ食べられなくなるかわかりませんからね。ちなみに、苺デビューしたのは奈良の苺農家の友人が送ってくれた、奈良特産の「あすかルビー」。人生最後の苺は、人生で一番美味しい苺でした。シソも食べたいと思っていたシソ版バジルソースならぬ、シソソースでした。私は美味しい食材たちの記憶があるので、もちろん食べたいと思うこともありますが、もう十分。

 どうせいつか人は死ぬのです。それはなげやりで悲観的な考えではなく、もう少し楽観的なこと。どんなに健康に気を使っていても、明日事故で死ぬかもしれないし、大病を患っていても、それとともに長く生きられる方もいる。ならば、もっと心をオープンでいようと思ったのです。もしかしたら、数年後、舌下療法がどんな症状の人にも対応できるようになるかもしれないし、もっと画期的な治療法が見つかるかもしれない。だって先日、アトピーに効く物質が見つかったとニュースにも出てましたしね。そうそう、それにいまだ私のまわりで「私もリンゴ・桃アレルギーです。」という人に出逢ったことないし、もしほんとに私がシソに反応していたなら「シソアレルギー」なんてマニアックでしょ?これは、ちょっとした話のタネになりますネ。ま、だからと言って、なんでもありで何してもいいとは思いませんが。

 人生は、山あり谷あり、それが谷だと思っていたら実は中腹ってこともあります。そのひとつひとつを、しっかりと考えることはとても大切だと思います。けれど、考えて答えが良い方向に出ないとき、もしかしたら入口が間違っているのかもしれません。出来ないことを数えるより、出来ることを大切にしよう、そう思うのです。今までもそうしてきたし、これからもそうするでしょう。だってせっかく生きているのだから、いつも心はしなやかで軽快でいたいですものネ。
はてさて今年の夏は、そうめんに何のせようかなぁ…。


          ~ゴン~

 追伸 ちなみに大量のシソたちは、無事、友人たちの家へ貰われていきました。



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