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梅雨の中休みのような天気です。_c0185858_15433184.jpg
その笑顔を ありがとう

たったそれだけのことなのに
私は あなたの命をかみしめる

たったそれだけのことだけど
私は 私の命を抱きしめる。



Thank you for the smile

Though it is only it,
I think deeply about your life

Though it is only it,
I hug my life.






 今月は父の誕生月です。そして父の日。かわいそうに父は毎年、父の日と誕生日を同時に祝われてしまいます。まだ少し実家に帰れそうにないので、プレゼントを郵送することにしました。姉が毎年恒例のお酒を送るというので、私はその肴にとおかきを送りました。70後半の父は、ありがたいかな、まだまだ固いものを食べることができます。それは父にとっても、家族にとってもありがたいことですね。

 先日、会社の先輩のご家族がお亡くなりになりました。ご高齢で、もう何年も病院に入っていらっしゃったので、いつも「覚悟はできている」と仰っていましたが、それでもお元気だったようです。ところが、新型コロナの影響で、家族すら面会ができなくなってから元気がなくなり、「緊急事態宣言が解除されたら、すぐに会いに行く」と仰っていた矢先のこと。宣言が解除されて間もなく、お亡くなりになりました。

 新型コロナで、日本中、世界中がギスギス・イライラしていて、それは私が住む小さな世界でも同じです。マスクの下にはいつも、不安といらだちが隠されているような感じ。緊急事態宣言後は、少しずつ張り詰めていた空気感も和らいできたけれど、それでも感染への恐れだけではなく、次なる不安と不自由へのいら立ちが燻っているようです。そんなとき、思いがけず誰かの笑顔に出会うと、それだけでギュッと固くなっていた心がスッとほどける、そんな感覚を覚えることがあります。もしかしたら、どんな情報やグッズよりも「笑顔」が一番、得体のしれない不安を、一時でも和らげてくれるのかもしれませんね。

 そして「父の日のプレゼントが届いた」と父から電話がありました。好物を送ってくれてありがとうと嬉しそうに話す父の声を聴きながら、父の笑顔を思い出していたのでした。もう少し落ち着いたら会いに行ってきます。

                 ところで、あなたは…。
                   ~ゴン~

梅雨の中休みのような天気です。_c0185858_15432703.jpg




私のために
緑が美しい季節になってきましたね。_c0185858_17301364.jpg私のものを運んでくれる人がいる

私のために
私を連れて行ってくれる人がいる

私のために
私の欲しいものを売ってくれる人がいる

私のために
私を守ってくれる人がいる

私のために
私を助けてくれる人がいる

私のために
笑顔をくれる人がいる

私は あなたのために 
なにができるだろうか。



For me
There is a person carrying my thing

For me
There is the person who takes me with him/her

For me
There is a person selling my desired thing

For me
There is a person protecting me

For me
There is a person helping me

For me
There is a person to give a smile

I for you
What will be made?







 奄美や沖縄では梅雨入りしたそうです。もうそんな季節になっていたんですね。みなさんは、いかがお過ごしでしょうか。

 おそらく、そう、おそらく。もう新型コロナが流行する前の生活には、戻れないでしょう。
それは、あの震災やあの水害が起きる前に戻れないと同じ。新しい生活は、新しい基準で始まるから何も知らなかった、まだ失っていなかったころには、もう戻れないでしょう。それがいいことなのか、悪いことなのかわかりません。でも、これ以上失いたくないのです。だから、新しい生活を「いつもの生活」にしていこうと思います。それは、誰のためでもない自分と、自分の大切な人のため。

 最近、私も在宅勤務をすることがあります。どちらかと言えばに引きこもることが多い私は、特に変化がないのですが、一緒に働いている人たちの中には、そうでない方もいるようです。用事があって電話をすると、いつも以上に話が長くなります。こんなに饒舌だったかな?と思うくらいに。また、メールやチャットも長い長い…。そんなとき、ふと思うのです。
やはり人は誰かと繋がっていたいんだ、と。たとえご家族と同居されている方であってもです。

 私たちは山奥や孤島の一人暮らしでない限り、一人だけで生きていくことは基本的にできません。たった一つのタマゴ、一本の鉛筆、一杯の水だって誰かが作り、運び、販売してくれたから手元にあるのです。今回の新型コロナの関連で、いろんな報道がされていました。買い占めや転売、詐欺や暴言、そしてお礼の手紙や支援、寄付。改めてモノの大切さと、たくさんの人と共に生きている(相互共存)んだと深く身に染みたのでした。

 前にもお話ししましたが、言葉には魂(いのち)が宿ると私は信じています。だからそのたった一言で、死を選ぶ人もいれば、救われる人もいる。
 以前、鎌田實医師がこんなことをおっしゃっていました。「1%だけでいい、人のためになることをする」と。大金を寄付するとか、マスクを何十万枚寄付するとか、ボランティアに身を捧げるのは、もちろん素晴らしいこと。だけどそうではなくて、たった一言「ありがとう」と(できれば笑顔も添えて)伝えるだけで癒される、救われる心や命があることを忘れないでください。そうすれば、いつかその「ありがとう」は、自分に廻ってくると私は信じています。

              ところで、あなたは…
                ~ゴン~





久しぶりに 窓を開けた
いかがお過ごしでしょうか?_c0185858_17141352.jpgステレオからは お気に入りの曲
のんびりと 空を見上げる
片手には 甘いカフェオレ

テレビも スマホも
パソコンも全部
電源を オフにしたら
こころも オフになった

今日はなんにもしない と決めた

こんな日があっても
いいじゃない。



I opened a window after a long absence
Music favorite from a stereo
I look up at the sky leisurely
The cafe au lait which is sweet to one hand

TV and the smartphone
the PCs and the all
If I turn off a power supply
The heart was off, too

I decided that I made nothing today

Even if there is such a day
I think it's okay.






 結局のところ、私も同じなのかもしれませんが。テレビもネットもどこを見てどこで聞いても、いつも誰かが誰かの批判をしていて、いつも誰かが誰かの上げ足を取っている。そんなニュースばかりで、私は疲れ果ててしまいました。そんなとき医療用ガウン不足の中、代替品になる新品の雨がっぱを募集したら、一日で10万着届いたというニュースを聞いて、それだけで心が柔らかくなりました。やっぱりこんなニュースがいいですね。
 以前読んだ本に、こんなことが書かれていました。負の感情は、心だけでなく自分の体さえも蝕み侵してしまうということ。外に出たくても出られない人、外に出たくなくても出なければいけない人。いろんな人がいます。少なからず皆、同じようにストレスを抱えているこんな状況だからこそ、楽しいことを考えたいものですね。そうそう、涙は心を浄化し、笑いは免疫力を高めるそうですよ。
もちろんそれはこの状況を楽観視するということではありません。同じ真剣に向き合うのなら、イガイガした心より、まあるく柔らかい心で過ごしたい、私はそう思っています。

 さて、皆さんの部屋の窓からは何が見えますか?
山?海?それとも街かな?草原とか森かな?砂漠だったりして。 天気はいかがでしょうか?晴れているかな?くもり?雨かな?それとも雪でも降っているでしょうか? お日様はどうでしょう?それともお月様かな?星はどうですか?きれいに見えますか?それともうっすら曇ってますか?
 ではその見えている景色の向こうには何があるんでしょうね。どんな人が住み、どんな生き物がいるんでしょうか。どんな暮らしをして、どんな人生を歩んでいるんでしょうか。
 想像してみてください。そしてそれを言葉にしたり、絵にしたり、音楽にしたり、造形や踊りにしてみてください。誰かに見せてもいいし、自分だけでも構いません。誰かに見せないのであれば、どんなことだって表現できるでしょ? サスペンスでもロマンスでも、ホラーでもSFでも面白い。写実でも抽象画でも超現実主義でもOK。古典でも現代曲でも何ならラップでもいいんじゃない?あ、でも誰かを傷つけることだけは絶対にしないでください。そう、私たち人間には、想像する(空想する)という特技を持っています。
 もう一度言います。こんな状況ですが、こんな状況を楽しむということも大切ではないでしょうか。誰かが言いました。「ピンチはチャンス」だと。またほかの誰かが言いました。「最悪の状況だけどワクワクする」と。誰だったかすっかり忘れましたが。
でもこれは覚えています。「未来はオープンだ。アイデアで変えられる」~日立企業CM~

            ところで、あなたは…
              ~ゴン~




春の空ちょっと寄り道。編集記⑥_c0185858_16150417.jpg
ふと見上げて思った
私の小ささを

今日も あるがまま
なすがまま おもむくまま
この夢 風に乗せて

I love you …
気付いて…

直太朗 「春の空」より



 すっかり春になりましたね。大阪では桜が満開を迎えましたが、風が強いんで花吹雪になっています。
で、あんまりにも綺麗なんで、空を見上げてたら直太朗さんの歌を思い出しました。「森山直太朗」名義ではなく「直太朗」名義で発表された曲です。たしか今は「時の行方 ~序・春の空~」っていう曲の一部になってます。

 ほんま、自分て小さいなぁ…と思います。医療関係者でもないし、研究者でもない。新型コロナに対して対抗できる何かを、誰かのためにできる何かを、私は持ってません。ただただ為すすべもなく右往左往してるだけ。「したら何ができる?」その答えは、とても簡単でシンプルなんかもしれません。
それは、自分と自分の大切な人のために「感染しない」ということ。
 自分は大丈夫やと思ってもいつの間にか感染してて、しかもうつした相手がもし発症して死んだらどうします? それが自分の大切な家族、友人、恩人、愛する人やったらどうします? いつか「こんな大変なことがあったな」って一緒に笑いたいんやったら、自分は何をせなあかんか、真剣に考えなあかん気がします。
 私はたとえ今、しつこいとかダサいとか言われて嫌われてもかまいません。できれば外出させたないし、出るんやったら体を張ってでも、マスクなしで外出させへん。だって私は大切な人の笑顔を守りたいんですから。あとで、もっと強く言えばよかったって後悔したない。だから、それくらいなんともない。
 で、そう思ってマスクを作ろうと布を買い、一枚作っただけで手縫いに疲れ、さっきミシンを通販で買いました。いっぱいできたら、実家に送ろうと考えてます。
些細でもできることを、私はやります。ダサくてもかまへんよ、もう40超えたおばちゃんなんで(笑)
いつか「とりあえず乗り越えられた」って笑って友達に会いたいんで。
会いたい友達が、いろんな場所にいっぱいいるんで!

桜が咲き始めましたね。_c0185858_18092034.jpg少し 歩こうか
風が 心地よくなってきたから

僕が そうであるように
君も 他愛のないこの時間が
かけがえのないひと時になれば 
僕は うれしい

誰かが 大丈夫だと笑っても
君にとって そうでないなら
笑わなくていい

全ての人に 受け入れられるのは難しいから
それは 求めてはいけないよ
ほら 君と僕 僕とあの人が違うように
みな 違うひとりの人間なのだから。



Shall I walk a little?
Because wind became comfortable

Just like me
This time when you are silly
If it is an irreplaceable time,
I am glad

Even if somebody says that it is all right and laughs,
You do not need to laugh for you if not so

Because what is received by all people is difficult,
you must not find it
Hey, You and I
Because it is one human being different in all
so that he is different from me.





 気が付けば春がやってきていました。街中、いや世界中が疑心暗鬼になっていても、自然はそんなこと気にせずに、春を運んできました。
 ある日道を歩いていると、綺麗なユキヤナギの花に出会いました。一つ一つの花は小さくて、特段、変わった花弁でも色でもないですが、思わず笑顔になって、優しいため息が出るようなそんなキレイな花たちでした。
 ユキヤナギを見ると父を思い出します(まだ健在ですが)。我が家(実家)には昔、ユキヤナギ、ムラサキシキブ、ヤマブキとしだれて咲くのが美しい木々がありました。これは母の好み。けれど父は、街路樹や公園の植木のようにきっちり剪定されているものが良い、という人。なので、花が咲く前に短く剪定したり、だらしないと紐で広がらないように縛っていました。その後はもちろん母に怒られるか、喧嘩するかのどちらかでしたけど。ずいぶん昔に実家を増築した際、抜いてしまったので、もうその木々はありませんが、私には忘れられない思い出の一つです。

 私はちょっと変わった食物アレルギーを持っているため、体に良く積極的に摂取したほうがいいという食材の多くを食べることができません。例えば、豆乳やアボカド、リンゴなんかがそう。また、まだ発症していませんが、トマト・玉ねぎ・アーモンドなども避けたほうがいい食材の中に入っています。リコピンとか血液サラサラ!とかオレイン酸とかよく耳にするのに、私にはその食材が害になってしまいます。今、症状が軽い(出ていない)からとたくさん摂取し続けると、いつかアナフェラキシーショックを起こし、命を落とす危険も出てきます。

 誰かにとって良いものが、本当に自分にも良いものなのか、大切なのかは自分にしかわからないこと。「右に倣え」で皆と同じことをすることは安心感があります。けれどもし違ったら?もし自分には必要なかったら?「好み」と同じで、自分の体質や考えは人それぞれ。どこかのお医者さんが言ったように、今、世界中で情報がシャワーのように降り注いでいます。私にとってその情報は必要で、受け取り信じるべきかそうでないかを、自分自身で考え判断することも大切なのかもしれません。
 そして私は、お店に並んだ残り僅かなトイレットペーパーに伸ばした手を、もどしたのでした。なぜなら私の前を、赤ちゃんを抱っこし小さな子の手をつなぎながら、大切そうにトイレットペーパーをレジへと持っていくお母さんが歩いていたから。いつでも買いに行ける私は、まだあと一週間くらいは大丈夫。きっと私よりももっと急を要する人がいる、と思ったのです。きっと私ひとりがそんなことをしても、買い占めする人はいるでしょう。自己満足や偽善者と言われてもかまいません。私がそうしたいと思ったからしたまでのこと。けれど、そう思う人が一人でも増えると、きっともう少し安心して暮らせるのかもしれませんね。

             ところで、あなたは…。
                ~ゴン~
桜が咲き始めましたね。_c0185858_18091610.jpg












街が少し春めいてきましたね。_c0185858_14384241.jpg
におひたつ
憂いおびし君の横顔に
秘めたる心が 
染し 鹿児島紅


Because your profile on sorrow was
too beautiful
The heart that I hid
I have dyed a flower of the Kagoshimako



<意訳>
憂いを帯びた君の横顔が
あまりにもきれいで
僕の秘めていた心が
鹿児島紅の花を染めてしまった




 世界各地でインフルエンザや新型肺炎が流行しています。り患された方の一日も早い回復をお祈りするとともに、これらの病気を克服するため、懸命に治療や研究などに関わってくださっている医療従事者、研究者、自治体、企業などすべての方々に感謝し、畏敬の念を表します。私はこれらに何一つ関わることの出来ない人間です。私ができることと言えば、自分と大切な人たちの身を守ることくらい。それでもきっと、それが大切なのかもしれません。そして、電車やレストランで私の隣に偶然座った人は、私の大切な人の「大切な人」かもしれません。

 先日、大阪城公園へ梅の花を見に行ってきました。さすが小雨女です。その日は私にとって初雪の日でした。それでも時折、雲間からさす光に春の予感を感じさせてくれる、そんな日でした。
 実家の梅が紅梅である私にとって、梅といえば「紅梅」のイメージが強いんですが、「白梅」もキレイ!しかし梅って品種がたくさんあるんですね。一見、違いが分からないような品種もありますが、花の付き方、咲き方、花弁の色、大きさ、枝の色…あれだけの種類を一度に拝見出来からこそ、その違いが分かるのかもしれません。そんな中でも一番惹かれたのが「鹿児島紅(カゴシマコウ)」。多くの「紅梅」は「紅」よりも「ピンク」に近い赤色をしていますが、この「鹿児島紅」、濃い紅でした…きれいだった…。もちろん花自身だけでなく名前にも惹かれたんですけどね。ということで、今日の写真はその「鹿児島紅」。写真の腕前がイマイチなので、その色の紅の美しさはあまり伝わってきませんが…

 今月は、母の誕生月です。鹿児島に住んでいるときは、この時期に帰ることは難しいのでプレゼントを宅配で送っていました。しかし一昨年からすぐに会いに行ける距離になりましたので、プレゼントは手渡しをすることになりました。
 昨年は母が好きそうなデザインのキーケースがあり、姉と「間違いない!」と言って迷うことなくプレゼントしたのですが、今年は母からのリクエストで、昨年のキーケースと同じデザインの財布をプレゼントすることに。ただ父から頼まれて探したプレゼントだったので、また別のプレゼントを考えねばなりません。暇さえあればあ~でもない、こ~でもないと頭を悩ませています。

 家族ってあまりに近くに居すぎて、知っているようで知らないこともたくさんあるのかもしれません。今、何が好きで何が嫌いかさえも怪しいのですが、何をしたら喜ぶのか、どんなことが一番癒されるのか。好き嫌いだけではなく、そこから少し踏み込んだことを意外に知らないんだと、こんなとき思い知るのです。昔好きだったからと言って、今も好きとは限らないし、その逆もしかり。
 私は、ともすれば新しく出会った人や、比較的付き合いの浅い人のことを知ろうとしてしまうけれど、ときには自分の近しい人の「今」を知り直すことも大切なんだと、改めて思ったのでした。

           ところで、あなたは…
             ~ゴン~



街が少し春めいてきましたね。_c0185858_14384674.jpg






あまりにも空が青くってさぁ新しい年が始まりましたヨ!_c0185858_14514737.jpg
あまりにも空が近かったから

君の手を つないだ

吸い込まれるなら
君と一緒がいい

始まりが違ったように
終わりも違うだろう

だけど できるなら
少しでも長く
君と 一緒がいい。


Because the sky is too blue
Because the sky was too near

I tied your hand

If it is breathed in
I want to go with you

As openings were different
The end will be different, too

But if I can do it
Even slightly long
I want to be with you.







 今年の幕開けはなかなかな幕開けでした。
 新年早々、原因不明の腰痛で動けなくなり、不本意ながら寝正月を過ごし、連休明けの仕事終わりにようやく病院へ。診断結果は「急性腰痛、いわゆるぎっくり腰ですね」でした。レントゲンを見ながら先生は「よかったですね、神経も椎間板もきれいですヨ…。ただね、びっくりするくらい腹筋、背筋はおろか体幹もない!」と。ようするに筋力がないため筋に無理がたたり、痛めてぎっくり腰に、とのことでした。
 ようやく最近、普通の暮らしに戻りつつあります。けれど体はまだあの時の痛みを覚えていて、何か動作をするにしてもこわごわ動いている状態です。それは咄嗟に動いて激痛が走ることがあるから、という理由もあるのですが、やはりあの痛みは…二度と味わいたくありません。みなさん、筋肉を侮ってはいけません。バッキバキに鍛えなくてもいいですが、ある程度保持したほうがいいですよ。

 以前、小学校の修学旅行で訪れた広島原爆資料館のインパクトが強く、今もキノコ雲の画像を直視できないとお話ししたことがありました。それはほかにもあって、この時期になると特にそうなのですが、「阪神淡路大震災」の映像や画像を見ると胸がギュッとなるのです。私は奈良県出身なので体感はしましたが、被災はしていません。けれどあの時に感じた地震のエネルギーと恐怖が、今も心のどこかで燻っているようです。

 震災から今年で25年です。この節目をもって、震災から続けられてきた行事が終わる、そんな話をちらほら聞きます。忘れてはならないけれど、乗り越えるには忘れなければならないこともある。「忘れる」とはまた少し違うのかもしれませんね、「変える」なのかな。前に進むためには大切だけれど、なんだか少し複雑な気持ちです。

 人の脳は生きてゆくために、体が受けた痛みの記憶を「忘れる」または「和らげる」ことがあると、聞いたことがあります。はたして「こころ」に受けた「痛み」はいつになれば「忘れる」のでしょうか。それとも自然には忘れてくれないのでしょうか…。
忘れたいもの、忘れたくないもの、どれだけ望んでも、望んでいるほうになるとは限りませんね…。

    ところで、あなたは・・・。さぁ新しい年が始まりましたヨ!_c0185858_14482846.jpg
       ~ゴン~



今年もあと少しですね・・・。_c0185858_14352472.jpgきらきらきら
輝いて

さわさわさわ
唄ってた

どこから来て
どこへゆくのか
風とともに この心は

凜と立つその姿に
心を奪われたのは
きっとたくさんのことを
あなたが包み込んでいるから

英雄でなくていい
自分を愛せる人でありたいと
あなたを見て そう思った。



Kira kira kira (onomatopoeic word)
It shines

Sawa sawa sawa (onomatopoeic word)
It sang

Where do come from?
Where do you go to?
The heart this with wind

In the figure which is noble-minded, and stands
Having been attracted
Surely because you wrap up a lot

It does not need to be a hero
I thought so that it wanted to be the person
who could love oneself on seeing you.






今年もあと少しですね・・・。_c0185858_14564785.jpg 先日、素敵なイチョウの木に出会いました。
その木は、町中にある小さなお寺の一角に立っていました。しかも大きな道路に面していて、木にとっては理想的な環境ではないかもしれません。けれど大きくて立派な木。木の周りには、落ち葉が黄色の絨毯のように敷き詰められ、ちょうど傾き始めたお日様に照らされて、まるでその木は輝いているようでした。
 芽を出し、葉を茂らせ紅葉し、そして散る。その木にとってそれは当たり前の営みで、生まれてから枯れるまで、毎年繰り返すこと。だけど、たったそれだけのことなのに、その一瞬一瞬に癒やされている自分がいます。

 仕事帰りのある日、大阪駅で友人と立ち話をしていると外国の方に道を尋ねられました。その人はおそらく中華圏の人。なぜなら見せられたスマホの文字が中国語だったから。私は情けないことに英語力がかなり乏しいので、あたふたするばかり。その人が「Subway」と言ったのを友人が聞き取り、地下鉄に乗りたいことまではわかりました。ただ見せていただいた画面で読み取れるのが「天王寺」とおそらく「難波」だけ。日本語英語で「ゴートゥーナンバ?」と聞くと「Yes」と返答が。もう一度言いますが、私の英語力はゼロに近いのです。なので、その場所からその方が行きたい駅までの道順を説明できません。どのみち私が行く方向にその駅があったので、「トゥギャザー、ゴー!」と言ってその方と一緒に、ご希望の駅まで行きました。去り際「Thank you!」と言ってくれたのですが、とっさに単語がわからず「どういたしまして!」と日本語で返したのでした。

 私は、母国日本が好きです。ですが、いわゆる「愛国心」はおそらくないでしょう。大切な人のために命をかけることができても、この国のために命をかける自信はないのです。
 最近、ネットなどでいかに日本がアジア圏や海外から嫌われているのか、という記事を目にします。いくら愛国心がない私でもこんな記事を見るとへこみます。
 やはり自分の母国に興味を持って貰ったり、好きだと言われると嬉しいですし、逆に嫌いだと言われると悲しいです。それはまるで自分のことをそんな風に言われているような、そんな気分です。だからなのか、どの国の方であっても、どんなきっかけや理由であっても日本に興味を持ち、なおかつ日本にまで来てくださる、それが私は本当に嬉しいのです。

 少し前のことでしょうか。今よりももっと「反韓」「反日」が報道されていた時のことです。ある二つの記事をネットで見ました。それは韓国人女性日本人男性の記事。彼らはそれぞれ、韓国人女性は日本で日本人男性は韓国で「フリーハグ」を行っていました。母国で行ってもきっとためらいや好奇な視線を感じたでしょう。異国でしかも、険悪な状態のときにです。私は先に述べたように「愛国心」はありません。ですが、なぜだか彼らの記事を読んで涙が止まらなかったのです。彼らの想いとそして彼らが出会った人たちの想いに。
 そうですね、世界にはこんなにもたくさんの人がいるのですから、いろんな考え方や想いがあっていいと思うし、当たり前だと私は思います。ただ私は、私が思っている以上にこの国が好きなようです。そしてそれを誇りに思える彼らがうらやましくもあり、尊敬できる存在なのかもしれません。

 さて今年もあともう少し。この一年を振り返ってみると、大小さまざまいろんなことがありましたが、無事今を過ごしているので、それだけで幸せなのかもしれません。
「未来はオープンだ アイデアで変えられる」
さて来年はどんな一年にしましょうか。ではメリークリスマスと、少し早めのよいお年を、を。

追伸:詩の英語バージョン。あれはネットの自動翻訳です。便利な時代になりました。自力では無理ですので・・・ご容赦ください。

                   ところで、あなたは・・・。
                       ~ゴン~


今年もあと少しですね・・・。_c0185858_14353745.jpg



幸せな気持ちで目覚めた朝は
いつのまにやら冬ですね。_c0185858_16125737.jpgなぜだか せつない

きっと それは夢だったと
気が付いてしまったから

あなたのいない日々を
いつものように 過ごす

そして あなたがいないことを
思い出さない時間が
少しずつ長くなり
私は ひとつ強くなった。


In the morning when I woke with a happy feeling,
it is sad for some reason

Surely when it was a dream
Because I have noticed

Days without you
I spend it as always

And time not to remember that there is not you
It becomes slightly long
I came to have a strong sense of one.







 もう少し秋を感じていたいんですが、あっという間に冬になった感じですね。インフルエンザも流行しつつあるようです。どうぞお気を付け下さい。

11月は、私の生まれ月です。
 私は歳を重ねることに、特に抵抗をもっていないつもりです。けれどどこかで「もうこんな歳になった」と思っているのも確か。自分よりも年下の人たちを見て「いいなぁ…」と思うことも多々あるのですが、よく考えてみれば自分も「いつかきた道」なんですよね。つまりあと数年もすれば、今のこの歳の人と出逢った時「あんな時もあった」と思うのでしょう。そんなことの繰り返し。どうやら私自身の「つもり」とは裏腹に、「歳を重ねる」という事への「負の呪縛」に囚われているようです。本当は「歳を重ねることができる」ということは幸せなはずなのに。

11月は、私の亡き祖父の生まれ月でもあります。
 もし祖父が生きていれば100歳になります。父方の祖父は、父が幼い頃に亡くなったので、母方の祖父しか私は知りません。機械化やデジタル機器に興味をもつなど、いろんなことにとても先進的な考えを持っていた祖父。今ではなんてことない事でも、戦後すぐの頃では難しいこともありました。それでも強く太く生きた人でした。そう常々、母や叔父に「何かを始めるのに、早いも遅いもない」と言っていた人です。
 亡くなってからもう15年程経つのに、今でも思い出すと「してあげたかったこと」や「話したかったこと」「聞きたかったこと」など後悔がたくさんあります。でも気が付けば思い出す機会が少なくなり、また思い出しても涙を流すことより、微笑むことが多くなりました。きっとこうして私は、ひとつずつ強くなっていくのかもしれませんね。
 しかし思い出す機会が減ったからといって、祖父が私の中からいなくなったわけではありません。祖父は今でも私の中で生き続け、私を作り護る人の一人です。そして、私のかけがえのない大切な人です。

 祖父の影響かそれとも遺伝なのか、私はどちらかといえば好奇心が強いほうです。なので、何かを学んだり触れたりすることが好きです。元の素質と年齢もあって覚えは悪いのですが、あの頃では分からず、気付くことさえなかったことが、この歳になって気付くこと、感じることがあります。きっと、その歳その歳によって、感じ放つ魅力があるのかもしれません。そう思うとやはり歳を重ねることは素敵なことかもしれませんね。まだちょっとモヤモヤすることもありますが…。

              ところで、あなたは…。
                 ~ゴン~








私は 何を得て
せっかくの秋なのに台風ばかり…_c0185858_14512441.jpg何を 失ったのだろう

その目を 閉じなさい
その耳を 塞ぎなさい

私はあなたを知っている
私はあなたを見ている

私は 私を護るため
あなたのいない世界へと
ここから抜け出す

あなたも私も
愛される資格があるのだから。



I get what and
I would lose what

Close the eye
Cover its ears

I know you
I watch you

Because I protect me
To the world without you
I get away from here

As for you as for me
Because there is a loved qualification.







 最近、あまりニュースを見ない私ですが、それでも目にし、耳にすると苦しくなるようなニュースが変わらず多いですね。
 まずは、台風19号の被害によって亡くなられた方のご冥福と、大切な家族、ペット・家畜を失った方の心の傷が早く癒えること、そして一日でも早く街が復興することを祈っています。

 世界中には「火」にまつわる神話がいろいろあります。たとえばギリシャの「プロメテウスの火」は神プロメテウスが天界の火を盗み、人間に与えたことにより神ゼウスの怒りを買い、大鷲に内臓をついばまれ続けるという罰を与えられました。また日本ではイザナギとイザナミの子として生まれた火の神「カグツチ」(ヒノヤギハヤヲノカミ)が、生まれる際イザナミに火傷を負わせ、それがもとでイザナミは死んでしまいます。そして怒ったイザナギによってカグツチは殺されてしまいます。「何かを得る代償として、大切な何かを失うのだ」と言われているように、私には感じてしまいます。

 先日、お隣韓国で悪質な書込みによって芸能人が死を選びました。日本でもネットを使ったいじめで毎年何人もの人が、自死します。また一生懸命頑張って入った会社で、限度の超えた仕事量や罵声を浴びたり、嫌がらせやいじめを受けて心を病む人、死を選ぶ人がたくさんいます。
 加害者は、そうすることで何を得たかったのだろうと考えることがあります。私も以前いわゆる「ブラック企業」に近い状態で働いていました。ただ私は幸いにも生きて、そしてその世界を捨てることができました(「捨てる」という表現が正しいのかどうかわかりませんが)。だからこそ、こういったニュースに敏感になるのかもしれませんね。

 さて「火」を手に入れた私たちは、代わりに何を失ったのでしょうか。
私は、逃げることが恥だとは思いません。「命」と「今いる世界」を天秤にかけたとき、「命」を選んでほしいと、月並みですが私は願っています。

                    ところで、あなたは…。
                       ~ゴン~