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部屋からの 景色を変えたら

なじみの店が 変わった
よく聞く歌が 変わった
味の好みが 変わった

僕の心の 景色が変わって
君は 思い出になった。






 新しい生活が始まって約2ヶ月。この街にも徐々に慣れてきました。以前から気づいていましたが、やはり私は順応性がけっこうあるようです。もしくはただの鈍感。しかし最近困ったことが。新しい職場で話す言葉は、関西弁。ですが、長く鹿児島のイントネーションで敬語を話していたからでしょうか。つい鹿児島のイントネーションが出て「ん?なんて?」と言われることがあります。無意識ですからね…ま、これも私の個性という事で。

 自分の住む場所や居場所を移すという事は、それだけたくさんの人との出逢いがある、という事かもしれません。そしてたくさんの人に出逢うという事は、それだけたくさんの考え方や人生経験を伺うことができるということ。私は、人の話を聞くのが好きです。沈黙の時間が苦手なうえ、これまでの人生、情けないことはあっても誇れることも隠すほどのこともありませんので、自分の話をいろいろとしてしまいますが、話すより聞く方が好きです。
 私は私から見える世界しか知りません。けれど、人の数だけその世界はあります。誰かと出逢って会話をすると、その人の世界を知ることができます。すると自分の世界も色や形を変えていく。素敵な事ですよね。もちろん自分と同じ考えの人ばかりではありません。だけど犯罪や誰かを傷つけること以外で、唯一の正しい答えなど、本当は存在しないのかもしれません。だから、たくさんの考えを知って、懸命に答えを探すことが大切なのかもしれませんね。

 この季節になると、先の戦争のこと、今の世界のこと、そしてこれからの私たちの未来について考える機会が増えます。私は、過去(歴史)とは蔑み憎むものではなく、未来を考えるために学ぶものだと考えています。そして相手を知り理解することで、未来は違った景色を映しだすのかもしれません。たとえ相手を知ってもなお許すことができなかったとしても、知らなかったころとは違う感情が芽生えていると思うのです。
 けれど、どうか新しく歴史を作り出す人たちが、無関心にだけはなりませんように。「知らない」ことが罪なのではなく「知ろうとしない」ことが、私は罪だと思うから。

             ところで、あなたは…。
                 ~ゴン~





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c0185858_12210956.jpgキミが思うほど
この世界も 悪くない

目の前に広がる景色が
どんな色に 見えるのか
きっとそれは
キミシダイ

どんな明日が来ても
それを楽しみに出来るかどうか
きっとそれは
キミシダイ。







 さて、何からお話ししましょうか。
まずは、今回の大阪北部地震、ならびに西日本豪雨災害で亡くなられた方のご冥福と、災害に遭われた方が安心して眠ることができる日が一日でも早く訪れることを、心からお祈り申し上げます。
そして、皆さんもお元気でしょうか。どんなことがあっても季節は巡り、酷暑の夏がやってきました。昔の夏の暑さとは異なります。熱中症にはお気を付け下さいね。

 前回のお便りから私自身のことも含め、あまりにも多くのことがありました。
大阪北部地震、自分の引越しにまつわること、そして西日本豪雨災害。このひと月の間にギュッと詰め込まれたことが大きすぎて、まだ上手く消化できずにいます。なので今回は(も?)長い便りになってしまいました。すみません…。

 大阪北部地震があった日、まだ私は鹿児島に居ました。実家も大阪の友人たちも無事でしたが、大阪市内に住む親友から、自宅のあらゆる物が落ち散乱している写真が届きました。堺方面に住む友人や奈良の友人たちは、電車が止まり歩いて自宅や会社に向かったそうです。私はいつかこんなことが起こる気がしていました。だから大阪へ行く決心をしたのです。なので、大切な人たちの無事に安堵しつつ、側に居れなかったことに正直凹んでしまいました。なぜならその数日後には、鹿児島を立つ予定をしていたから。

 引越し当日は、朝から鹿児島は大雨でした。そのため引越業者さんの荷出しも時間がかかりました。鹿児島に来たときは大阪南港からフェリーで鹿児島志布志港に着き、曽於市を通って鹿児島市内に来たのですが、船酔いが酷かったため、今回は高速道路を使って帰ることにしました。鹿児島市内から実家の奈良まで一泊二日、九州自動車道・山陽道(中国道)・西名阪を使った約935㎞の道のり。
 荷出し諸々が終わったのは昼を過ぎていました。そこから、宿泊予定の福岡小倉にあるホテルまで走らねばなりません。鹿児島を去ることへの感傷に浸っている暇もなく大雨の中、車を走らせました。しかも7年ぶりの一人での高速道路。以前もお話しましたが、私、間が悪いんです。ある意味「持ってる」と言うのでしょうか。熊本に近づくにつれ「通行止め」の表示が目立つようになりました。「まさか」は突然やってくるので「まさか」と言ってしまうんでしょうね。豪雨の為、熊本の一部区間通行止め。そのため高速道路から降ろされて、初の熊本市なのに街中をスマホのナビと喧嘩しながら走りました。再び高速に戻った頃にはすっかり天気も回復し、小倉に着くころには晴れて暑いくらいでした。
 次の日の夕方、無事、実家の奈良に着いたのですが、ずっと肩に力が入っていたのでしょうね。左手首が腱鞘炎でしばらく荷物が持てなくなり、あげく疲れが出たのか、実家に着いた二日後には風邪からの胃腸炎になり寝込んでしまいました。なにわともあれ、私の引越しは一応無事、完了したのでした。そういえば8年前、鹿児島の部屋の鍵を受け取った日も大雨だったな…。

 大阪も豪雨になると言われていた7月6日は、昼間に出かける予定があったのですが、先方が、電車が運休で来れないため別の日に予定変更。新しい部屋にも慣れ始めた私は、大雨って言ってもそんなに降ってるかな?と思っていたのでした。そう、その時は。
 その日の夜、ニュースから流れてくる映像はまるで東日本大震災の津波のような映像でした。そして、次の日そこには大きな池が出来ていて、ぽつぽつとダムの底に沈んだ街のように家が並んでいる。私が「トンネル、もう嫌や!!」と言いながら走った山陽自動車道は、土砂で埋もれていました。おそらく2週間ほど前に私が見たであろう景色の多くは、すっかり様子を変えていました。

 私が住み始めた場所は大阪市内。あの地震以来、少し大きめの地震が時々やってきます。けれど私は、情けないことに慣れてしまったようです。いや、正確には「なるようにしかならない」と思ってしまった、と言うべきでしょうか。
 阪神淡路大震災の体験がトラウマになり、夜中に何度も飛び起きていた私。それが治まった頃に体験した熊本地震。熊本地震後も、地震が起きるたび動悸が治まらなかったのに、今や「あ、地震、なのか」と思うだけになってしまいました。恐怖心が無くなった訳ではありません。ですが、今を受け止めて、その次を考えようと冷静を装っているのかもしれません。

 泣くことも悲嘆に暮れることも、絶望することができるのも、私が今、生きているから。生きているということは、その悲しみや絶望を、いつか喜びや希望に変えていくこともできる、その可能性はゼロではないと、私は最近思います。
 せっかく生きているのなら、喜怒哀楽を持って生きることを満喫しようと思います。私には生きる意味など、特別ありません。私は「生きたい」から生きているのです。けれど「生きたい」と思った人の分まで「生きる」など、私はそんなに立派な人間ではないので、できませんし言いません。ただできるだけ、そのままマルっと受け止めようと思います。イイことも悪いことも。そこから未来は、いろんな方向に変わっていくように思うのです。
 きっとそんな風に考えられるのは、本当の絶望を私が知らないからなのかもしれませんネ。気分を害された方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。私の乏しい人生経験です。どうぞご容赦くださいませ。

 さて、思いはやっぱりまとまらないままですが、大阪での新しい生活はもう動き出しました。
さぁ、どんな明日が来るでしょう。どんな明日にしましょうか。

         ところで、あなたは…。
             ~ゴン~






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いつか いい風が吹くといいね
c0185858_14470937.jpgと 君は微笑んだ

風は 向かい風
進めなくもないけど
でも 決して楽ではない

風を読むにも コツがいる
と 君は空を見上げた

間の悪い僕には
至難の業かもしれない話

だけど いつか
穏やかな風に乗れると信じてる

高みの風をとらえて回空する
あの鳥のように。




 皆さんはどんな人生を、今、歩んでいらっしゃいますか。
私は近ごろ、人生にも物語のように「編」や「章」というものがあるように思います。
それは学生の頃や独身のときなど分かりやすいものもあれば、本人しか分かり得ない心の区切りなど、人それぞれ。その時はわからなくても、あとから考えるとあれが区切りだったと思うこともあります。
 そう考えると、私はちょうど今「鹿児島」という「章」の終わりに差し掛かっています。この7年半は本当に私を大きく成長させてくれました。一つの世界しか知らなかった私。その小さな世界を広げ、たくさんのことに触れることのできた大切な時間でした。
 鹿児島での日々は、楽しいことも沢山あったけれど、それと同じくらいか少し多めに辛いことや心を痛めることもありました。多くのことに悩み、また多くのことで後悔もしました。自身の性格も相まって、伝わらないもどかしさや、至らなさへの悔しさもたくさん。ですが、どんなことや方に対しても出逢わなければよかったとは、不思議と思っていません。彼ら(それら)があったからこそ、今の私がいるんですよネ。だからと言って、今の私が心の広い素晴らしい人間って訳ではありませんヨ。まだまだ心の器の小さく、煩悩と欠点だらけのまま。そこらへんはまだ成長していないようです。

 先日テレビで「志樹 逸馬」と言う方の「土壌」と言う詩を紹介されていました。その中で「かなしみを 腐敗させていく」という一文がありました。詩の前後をご説明していないのでわかりにくいかもしれませんが、紹介された方がこうおっしゃったのです。「悲しみや苦しみは、土へ還り腐葉土となっていく」と。つまり、楽しいや嬉しいだけじゃない、悲しみや苦しみがあるからこそ、人は豊かになっていくのですね。私もフカフカの腐葉土を、少しは作ることができただろうか。

 ある方が私に「ゴンさんは、タンポポの綿毛のような人だ」と言ってくれました。もしかしたら本人の意図は別にあったかもしれません。しかし私は、フラっとやってきて、またフラっと去っていく自分を思うと「確かにそうかも」と思うのです。まだ人生で2カ所目の転居地ですが、なんとなく私はそんな人生を歩むような気がするのです。けれど、大輪のバラや太陽のような人ではなく、気がつけば咲いている野花や青空に浮かぶ白い月のように生きていくのも、素敵かもしれませんネ。

 私は昔から、間の悪い人間です。ほんの些細なことから、人生を決める大きなことまで。なにせ初海外のイタリア・ヴェネチアで年に1回あるかないかの大潮の日に遭遇し、街のほとんどが水没してましたから。けれどその間の悪さをカバーしてくれているのが、人との縁だと思っています。以前もお話したように、本当に人の縁には恵まれています。私にはもったいないくらいに。
 ここ一ヶ月ほど、友人たちに「ありがとう」と「さよなら」を伝えています。友人たちに会い話をし「私は独りではなく、皆にたくさん支えてもらっている」と実感しています。この先、どんな明日がやってくるのかわかりません。けれど、私の間の悪さは人生のスパイスと捉えて、私と出逢ってくれた方々との縁を、この先もずっと大切にしようと改めて心に決めたのでした。

 さて、鹿児島からのラストの写真は、鹿児島に引越してきて一カ月ほどたったころの私の好きな公園からの写真。7年半前の写真ですが、桜島は今日も変わらず元気です。
 いま鹿児島は「西郷どん」で県内中盛り上がっています。市内は7年前よりもずっと街が整備され、マンションやお店が増えてきています。国も地方への移住者に対し、就職などの支援に本格的に力を入れ始めました。けどその最中、ここを去り大阪へ行く私はやっぱり間が悪いのかもしれませんネ。いや、ここは「先取りしすぎた!」とプラス思考で行きましょうか。

  「倭は 国の真秀ろ場 たたなづく青垣 山隠れる 倭し うるわし」

   私は、故郷奈良と、ここ鹿児島が大好きです。

         ところで、あなたは…。
           ~ゴン~

※回空…私が作った造語です。鳥が上空を一羽、啼きながら大きく回転しながら飛ぶ光景をよく鹿児島で目にします。ただそのイメージに当てはまる言葉が、見当たりませんでした。語彙力の乏しい私です。ご容赦ください。c0185858_14472203.jpg



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誰かのために ではなくて
c0185858_15552113.jpg自分のために

そう 私が
あなたの笑顔を 見たかった

誰かのために ではなくて
自分のために

そうすれば
少しは言い訳の数も
減っていくだろう

誰かのために ではなくて
自分のために

そしたら いつか
ほんとの心で
誰かを想って
生きてゆけるかな。





 奄美ではすでに梅雨に入ったようです。今日の鹿児島市内は雨。最近元気すぎる桜島の灰も、今日の雨で少しは流されることでしょう。先月に引き続き、地震が日本各地で多発しています。どうかお気を付け下さいね

 突然ですがこの度、私ゴンは今年、6月末をもって鹿児島を飛び立つことに致しました。行き先は大阪。UターンとはいかないJターンくらいですね。思うところはたくさんあり、その分たくさん悩んで出した結果でした。
 私はこれまでの人生の中でたくさん後悔したけれど、鹿児島へ移住しここでの暮らしたことに、一度も後悔したことがありません。なかなか言い切ることがない私ですが、これだけは自信を持って言えます。ま、自分で選んで来たのだから、と言われるかもしれませんね。けれど、私は有難いことに小学生高学年の頃から、自分で多くのことを選択させてもらい、その分、後悔もたくさんしてまいりました。ですので、後悔したことがないことは私にとって大きなことなのです。そして、去ると決めた今でも鹿児島は大好きです。
 大阪への移住は、今の会社に派遣社員として勤務し始めて一年が経った頃からなんとなく考えていました。歳も歳だし、契約が満了したら次は正社員として働きたい。鹿児島で、と思うけれどこの歳ではなかなか思うところもないだろう。だったらやはり大阪かな、でもなぁ…もう少し…なんて、漠然と考えていたのでした。ところが2年前の4月14日、それは突然やってきて、私の考えを大きく前進させたのでした。それは熊本地震。
 私は自分が鹿児島でどうにかなったとしても、自分が選んでここへ来たのだから、もし家族が間に合わなくてもしょうがないと思っています。けれどその逆をきちんと考えていませんでした。たとえば私が正社員で働いていたら、たとえば結婚して家族がいたら、たとえばどうしても鹿児島でなければならない大切な何かがあったのなら、話は違ったかもしれません。けれど、正社員でなければ恋の相手すらいない。したかったことも自分の都合で何も出来ていない。私が今、鹿児島でなくてはならない理由はなんだろうか。それは家族を不安にさせてまでのことなのか。そう考えがたどり着いたとき「帰ろう」と思ったのです。それは、家族の為ではなく、自分の為。そうなったとき後悔しない自信が私にはないからです。どれだけ探しても言い訳は見つからないのです。

 私は自分で自覚している欠点が、いくつかあります。それは、怒りをすぐに露わにしてしまう事、短気である事と天邪鬼な所、そして執着心があまりないこと。
 昔から物欲や執着心があまりありません。それは「人」に対しても同じで、自分でも薄情かな、と思うことがあります。けれど愛情がない訳ではなりません。それぞれに触れられたくないプライベートゾーンがありますし、それに私にとって友人との物理的な距離や年齢差などは、あまり意味を持たないのです。それは、その人の個性というか情報の一つにしかすぎないから。だけどそれは私にとってですが、相手には違うかもしれません。フラッとやってきてフラッと去っていく私は薄情で、まるで相手との繋がりに関心を持たない人のように映るかもしれませんネ。けれど私にとって、私と出逢い今も繋がってくれている友人は大切な人たちですし、きっとそれはこれから先、私がどこで生きていこうとも変わらないでしょう。願わくばその気持ちが、友人たちにも届けばいいのだけれど。上手く言葉にすることが苦手な私です。やはり気持ちを伝えるのは難しいですね。

 引越しの予定は6月下旬。大阪市内の住まいはもう決めてあります。引越しまで、引き継ぎや引越し準備でテンヤワンヤ。だけど、当の本人にはまだ、ここを去るという実感がないので困ったものです。きっと引越す前日あたりでようやく我に返るのでしょうね。
さて引越すまであと一か月ちょっと。もう一度、鹿児島から便りが書けるといいな。


     ところで、あなたは…。
        ~ゴン~






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みんな 上ばかり見ている
c0185858_15010613.jpg土手沿いのさくら並木を
君と歩いてる

周りのみんなは
さくらを見上げているのに

君は 足元に咲く
名も知らない野花に夢中

シロツメクサ
たんぽぽ
ナズナ
すみれ

君は 相も変わらず
下ばかり見て 花の名をつぶやく

僕が さくら 見ないの?
今しか咲かないのに
と 言ったら

この子たちも同じよ
と 君は 口をとがらせた

だけど僕は 君が
さくらが大好きなことも 知っている

草の香りがする少し冷たい風が
君の肩に 花びらを乗せた

春は みんなにやってくる。





 今年はあっという間に桜が散ったと思ったら、その後鹿児島には、なかなかの寒の戻りがやってきました。そして今、再び初夏に向かっている状態。体がついていきませんね。
ところで最近、日本のあちらこちらで少し大きめの地震が多発しています。どうぞお気を付け下さいね。

 以前もお話しましたが、私は凡人です。才色兼備、何も兼ね揃えていないし、特にこれといった特技もない。言葉だって話せるのは関西弁と少しの鹿児島弁だけ。人を惹きつけるようなオーラもないし、大した人生経験もしていません。またまた謙遜して!なんて思われるかもしれませんが、残念ながら紛れもない真実なんですネ、これが。
 実は今、「泣こよか ひっとべ」でジャンプするため就職活動を再開しているのですが、その時に必要なのが、職務経歴書。改めて自分は「これはできる」と自信を持って言える何かを、ひとつも持たないんだと実感している最中です。見直し初めたころはかなり凹んでいたのですが、ここまできたら開き直ってきました。「ないもんはない。取り繕ってもしょうがないし、どうせ誤魔化し通せるほど器用なタイプちゃうし。(嘘をつくという意味じゃないですよ、嘘はだめですからね。自分を過大評価するという意味です)」とそのまんまの経験を書いています
 ところが、そんな私にも誇れるものがあります。それは、「人との縁」と大切な人たち。残念ながら、職務経歴書には書けないですけどね。だけど、いつも人との縁には恵まれていると思うのです。それは有名人や大会社の社長と知り合ったとか、海外で活躍している友達がいるとかではありません。そう言い切ると、私と繋がってくれた人たちに失礼に当たりますネ。ですが私の大切な人たちは、ごく普通の人たち。いや、私にとってはすごい人たちなんですが、本人たちはいたって普通で本当に素敵な人たちばかりです。何が?と言われたら、もちろんみんなの「経験値」もですが、やっぱり「人柄」でしょうか。そして、出逢いはいつも私の大切な場面で出逢ってくれた人たちです。何も持たない私に、みんなが持っている力を少しずつ与えてくれる。そのおかげで私は、今も元気で飛び跳ねていられるのです。人づきあいがうまい方ではないけれど、友人たちの存在は、そんな私が築けた大切な宝なんだと、改めて思うのでした。そんなことに気付けるなんて、たまには自分を見直すのも大切ですね。
 さて、私はみんなに何か恩返しできているだろうか。あ、それよりも仕事のこと考えなきゃ…。

※「泣こかい 跳ぼかい 泣こよか ひっ跳べ」…鹿児島のわらべ歌だそうです。「泣こうか、それとも跳ぼうか。泣くくらいなら跳んでしまえ」という意味です。くよくよ迷ってるくらいなら、とりあえずやってみよう、そんな感じでしょうか。これも大切な友人が教えてくれた言葉です。

               ところで、あなたは…
                  ~ゴン~


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「あなたが 無事でよかった」
c0185858_14211655.jpg君が ため息とともに
そう こぼれ落とした

いつもとあまり変わらない姿勢で
だけど いつもとは少し違う表情で
君は 私を見つめる

君の全てを知らない私は
君の本当を 垣間見る

作り笑いが上手い私より
君はきっと
自分の心に素直な人

ただ 表現の感度が
私よりずっと
ささやかなだけ。






 新燃岳が、再び活動をし始めました。7年前のあの日、桜島ではない方向からモクモクと上がる噴煙を今でも覚えています。そして昨日も、私が住むマンションからも噴煙が見えました。新燃岳の灰は、桜島よりも粒子が細かいように感じます。交通や生活に少なからず影響が出ています。どうかこれ以上、被害が拡大しませんように。

 先日、美容室で雑誌を見ていました。普段、ほぼ雑誌を読まない私。雑誌の中の世界はキラキラしていてなんだか別世界。「はぁ…ほぉ~」と思いながら見ていると、あるコラムに目が留まりました。それはタレントのベッキーさんのコラム。彼女が最近気づき、気をつけなくちゃと思った、という内容でした。
 彼女は公私問わず社交的なようで、仕事現場でもそれは変わらないようです。ある収録で、いつものようにスタッフさんに声をかけたところ、そのスタッフさんは社交的ではないタイプ、いわゆる無愛想な方だったようです。そんなスタッフさんの反応に、彼女はちょっとモヤモヤしていたそうです。ある日、そのスタッフさんが目を真っ赤にして彼女の元に。何事?と思っていたら「自分のせいで、ベッキーさんをお待たせしてしまって。スミマセン」と謝ったそうです。同行していた先輩スタッフさんから経緯を伺ったベッキーさん。ベッキーさんご自身は全くそんなこと感じていなかったようで、驚いたそうです。そして、そのスタッフさんがそんな表情を見せたこと、また彼女は自分が思っていたような人ではなかったことにも。彼女は、人との接し方を自分の尺度(基準)で考えていたと書いていました。そして、私もそれを読んでハッとしたのでした。

 私は長く接客業をしてきたのですぐに笑顔(営業用も)つくれますし、出し過ぎと言われるほど、表に感情を出してしまいます。だけどそれは人それぞれ。だから、いつも自分の基準で相手を判断しないように心がけています。けれど、ベッキーさんのコラムを読んで、ハッとしたんです。つまり、ともすれば私はそれを忘れているのです。無愛想だから怒っていると感じたり、私が放った言葉に対して反応が薄いと気にしていないんだと思ったり。確かに感情の沸点は人によって異なるでしょう。だからと言って、表情や言葉に出さないから、そう感じてはいない訳ではない。それを忘れて私は感情を露わにしてしまっています。あぁ…まったく心掛けられてないですね…。

 今日3月11日で、あの大震災から7年が経とうとしています。年を経るごとに、話題に上る回数も減りました。だけど復興が完了した訳ではありません。きっと、「まだ」ではなく「まだまだ」なんですよね。声を聴かなくなったからもう大丈夫な訳ではないし、笑っているから平気な訳じゃない。今見えているその向こうの感情と、これからのことを慮らなければいけないのかもしれません。気に留めなければそれまで、その先はありません。
 相手に関心を持たないと、分からない事ってたくさんあります。一番悲しいのは、嫌いになることではなく、相手に対して無関心になることかもしれませんネ。私はどれだけのことを、きちんと見て感じとれているのだろうか。
 ところで今日の花は「キュウリソウ」という花。つい先ほどまでわたし、「わすれな草」だと思っていました。花言葉は「愛しい人へ真実の愛」だそうです。北海道から沖縄まで日本中で見られる野花。
鹿児島は、もうそこまで春が来ています。
 全ての被災地に、一日も早く暖かな春が来ますように。しかし…また、東北に行きたいなぁ…。

                 ところであなたは…
                  ~ゴン~








小さい春、みーつけた!



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まるで 宇宙まで見えそうな
c0185858_16241695.jpg突き抜けた 青空だ

何か諦めるという事
何かを選ぶという事
何かを捨てるという事

それらは 必ずしもイコールじゃない
教えてくれたのは 君だった

欲しいモノよりも
護りたいモノが 多くなった
だから いま
一つひとつを 吟味する

幼い頃 駄菓子屋で悩んだ
あの頃のように

そして 僕は
身軽に なっていく

そしたら きっと
僕の ほんとの悩みも
いつか わかるはず。








 昨日は節分でした。鹿児島に来てから、豆まきは落花生でしたが、アレルギーの為、今年から大豆復活。それで一安心していたら、太巻き(恵方巻き)にまさかの青シソ。全部は取り除けなくて食べてしまいました。やっぱりアレルギー反応出ちゃいましたが…。
でも、ま、今年一年の福と鬼を送迎できたので、よしとしましょうか。

 私は、シンプルなモノが好きです。シンプルなデザインの服やシンプルな家具など、いろいろ。欲張りな私は、あれこれ機能がついているモノにも心惹かれますが、面倒くさがり屋でもあるので、結局「ん~あっても使わへんな」と言って、どんどん捨ててしまいます。たとえば雑誌やスマホのアプリなんかもそう。必要なモノがあれば十分で、モノが溢れかえっているのが苦手なのです。どうやら私、母のDNAをしっかり受け継いだようです。もちろん、捨てすぎてあとで「しまった!」となるところもキチンと受け継いでいます。

 先日、と言っても1月の中旬ごろ、鹿児島市内にある長島美術館へ「ディックブルーナ シンプルの正体」展に行ってきました。絵本は持っていないのですが、ディックブルーナが好きです。シンプルで優しくて力強く、でもそっと伝わってくる、そのメッセージが好きです。小さなお子さんも多く来場されていましたが、内容的にはちょっと子供向きではなかったように思います。デザインの展覧会でしたから。でも私は、ワクワク。デザインだけでなく、彼のシンプルへの考え方やルールにも触れることができた、そんな展覧会でした。

 多すぎる言葉は、ときに本当に伝えたい言葉をうずめてしまう、そんな風に思うことがあります。ですので、私はいつも何かを書くときは、できるだけ短く分かりやすい、的を得た言葉を探します。ま、私が長い文章を読むのが苦手というのが大きな理由なのですが。だけど、優柔不断で考えが纏まりにくい私は、ついつい長い文章に。しかも語彙力も乏しいから、さあ大変。理想は、短いけどストレート過ぎず、温度と景色や厚みがある言葉。簡単そうだけど、なかなかどうして難しいものですネ。
だから、ディックブルーナのような人を憧れます。あ、俳句や短歌を詠める人も。

 センスの良し悪しではなく、シンプルを好むかどうかは、その人の好み。もちろんシンプルが一番という訳ではありません。私の姉は、私と真逆に近いですからね。
 だけど「シンプル=あらゆることを合理的・効率的に考え、不必要なものを全て排除すること」とは、思いません。その価値は、その人にしかわからないのだから。その中で「本当に伝えたいこと」「本当に欲しいモノ」自分の中の「本当」の基準を模索しながら、私は生きていくのだな、と改めて思ったのでした。

 ところで。今回行った長島美術館は鹿児島市内の小高い山の上にあります。気のせいか、いつも風が少し強い。だけど、私は城山(鹿児島市内を一望できる名所)からの眺めよりも、ここ長島美術館から見る桜島がキレイだと心ひそかに思っているのでした。ちょっと行きにくいんですけどね。来鹿される機会があった際、思い出していただけたら幸いです。
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                 ところで、あなたは…。
                    ~ゴン~









第2回プラチナブロガーコンテスト



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ささいな言葉で
c0185858_15312130.jpgこころは ふらふらしてしまう

ささいなことで
こころは よろよろしてしまう

よくよく考えてみれば
どおってことないことだけど

よくよく考えすぎても
どっぷり大きな穴の中

どのみち 迷路に入るなら
さらり さらりと
言葉をながし

ゆらり ゆらりと
生きて ゆきましょか。







 あけまして おめでとうございます。どうぞ今年も宜しくお願いいたします。
というには、もう随分と日にちが経ってしまいましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 さて、某占い師さんが言うには今年の私は「大殺界」なるものらしいです。できれば、人生に関わる大きなこと、引越しとか転職とか結婚とかそんなことはしない方がいいらしい。いつもの自分では上手くいかないことばかりですので、気を付けるように、とのこと。
 困りましたね、避けられない転職という大きなことが待っているのに。けれど、こればっかりはどうしようも出来ない事ですからね、先延ばしには出来ないし。自分としては物欲はあまりないと思っていますが、欲張りではあります。それに頑固だし。ですので、我慢と経験を積む年だというアドバイスと受け止めています。

 こんな話をしたことがあったでしょうか?私は女性あるあるで占いが好きです。ですが、血液型や星座、誕生日占いはあまり信じていません。なぜなら、私と同じ誕生日の同級生を3人知っているからです。彼女たちが私と同じ性格で同じような人生を歩んでいるとは思えないのです。だったらまだ姓名判断とか手相のほうが、より私のことを占ってくれていそうでしょ。
 そういえば昔占ってもらった手相では、28歳前後で結婚すると言われましたが実際は…。人生は、何があるかわかりませんね。けれど、言えるのはその当時の私が真剣に「結婚」を求めていなかったという事。自分の事で精いっぱいでしたからね。きっと占いというものは、「きっかけ」や「アドバイス」のようなものかもしれません。それに対してアンテナを張っていれば気づくかもしれないけれど、張っていなければ良いことは通り過ぎてしまうだろうし、よくない事には正面からぶつかってしまうかもしれない。なので「当たるも八卦、当たらぬも八卦」なのでしょうね。

 未来を考えては、いろいろと思いを巡らせて「今出来ることをしよう」とあの手この手でバタバタと悪あがきをしている毎日です。けれどいつかきっと、それがどういう結果でも、良かったと思える日が来ると信じているのも確かなのです。さて、どんな場所でどんな人と出逢い、どんなことが起こるのでしょうね。ワクワク3割、不安が7割ですけどね…。
 ところで、すでにおみくじを3回もひいてしまった私。総合的には「精進すれば報われる」という内容でしたが、その他もろもろの「出逢い」や「仕事」はさまざまです。はてさてどうしたものだか…。


            ところで、あなたは…。
              ~ゴン~






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c0185858_15105927.jpg今はただ
少しの勇気と
そのための覚悟を 持てばいい

わたしの明日を 創るのは
たくさんの あなたと
それを生きてゆく わたし。










 最近、体調が優れません。風邪が行ったり来たり。歳のせいもあるだろうけど、忙しさにかまけてほとんど運動をしないから、体力も落ちているんでしょうね。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 みなさんは、好きなCMってありますか?普段、録画したものやEテレを見ることの多い私は、あまりCMを見ないのですが、少し前から好きなCMがあります。それは日立の企業CM。土曜の「世界 不思議発見!!」の時に放映されているものです。
CMの作りだけでなく語られている言葉も好きですが、特に響いたのが最後の言葉。
「未来はオープンだ。アイディアで変えられる」
 一年後、いや明日のことさえも、体調が優れないこの頃は不確かな気持ちでいるものですから、なんだかこの言葉は、私をプラスに変えてくれます。

 私はどちらかと言えばプラス思考です。「ま、いいか」や「なるようにしかならない」なんて、まるで投げやりのようにしか聞こえない言葉も、私にとってその言葉の向こうには「次へ進むための準備に入っている」そんな覚悟も混ざっています。
 もちろん私だって、いつでもプラス思考という訳ではありません。なにせ小心者ですからね。小中高生の頃は、どちらかと言えばマイナス思考の方が勝っていたのです。少し変われたのは、年の功と出逢ってくれた友人たちのおかげだと思います。最近は、落ちるところまで落ちると「これ以上、私一人で悩んでたってしょうがない。だから他の人に意見を聞こう」とか「そうなったときは、なったときや!」と開き直ります。ま、父からは「あきらめが早い!!」と昔、よく怒られてましたけどね。

 私は性格上、自分で自分をいつの間にか追い込むくせに、誰かに追い込まれることを、あまり好みません。なにせできれば「穏やかな日々」を望んでるくらいですから。けれど最近、「絶体絶命に近い状態」も嫌いじゃないってことに気がつきました。たとえば子供の頃、台風が来るのをワクワクしていたような感じ。逆に燃えるというんでしょうか。だから、9月の台風直撃で鹿児島に戻れるかどうかの時も、「なんで今日やねん!」と思いながらも、内心はワクワクしてました。「途中で止まったら、どうやってその先帰ろうか?それとも博多で泊まる?」なんて考えながら。

 来年は確実に、「穏やか」とは言い難い年になるでしょう。だけど不安と一緒にワクワクもあります。ここ10年くらいで、もう何度も就活で嫌な思いをして、何度も涙を呑んできたのに「思う仕事に就けなくても、なんとかなる気がする。いろんなこと経験してきたし。また、それが増えるだけ」なんて思ったりもします。そうですね、ピンチを楽しめる様になったら、きっと未来や世界は変わるし、もっと面白くなる気がするのです。そう「未来はオープンだ。アイディアで変えられる」のですから。
 さて来年は、どんな一年が待っているだろう?どんな一年にしましょうか?どんな人に出逢えるでしょうか?できれば、悪いことは良いことよりも少し少なめでお願いしたいな…。
 どうか、私と私が大切に思う人たち、そして皆さんにとって、よいご縁が訪れる年になりますように。
 では、少し早目のメリークリスマスと、良いお年を、を。  あ、年賀状書かなきゃ…。

       ところで、あなはた…。
          ~ゴン~








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好きなものは好きって
c0185858_14365934.jpg嫌いなものは嫌いって
そう素直に言えないのは
少し 辛いね

君はそう
寂しげに言うから

僕は君が好きだよ

そう言ったら 君は
目を丸くしたあと
はにかみながら
ありがとう と言った

嬉しそうだったけど
せめて「私も」って
言ってくれないかなぁ。







 ようやく秋になったと思ったら、あっという間に寒くなりましたね。私は嫌な予感的中で風邪をひき、現在、咳と戦っていますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 11月は私の生まれ月です。毎年思いますが、生まれ月は特になんだか色々あります。嬉しい楽しいことも、切なく哀しいこともいっぱい。それは、日々の些細な事というよりも、どちらかと言えばちょっと大きい、なんだったら自分の人生に確実に「思い出」として記憶されること。
 今月もまだもう少しありますが、すでに誕生日とイベントを一つ終え、その前に予期せぬ出来事が起こり、あと二つ予定が残されています。楽しいことは直太朗さんのイベントと大阪の友人たちが鹿児島旅行に来ること。そして哀しいことは、産休をとる同僚と先輩が退職すること。
 
 この便りを書いているときもそうですが、自分の想いを伝えるって本当に難しいと思うのです。嫌われてもいいから自分の人生の舵はきちんと執ろうと決めてから、なるだけ自分の気持ちを素直に伝えるようにしてきました。けれど、それでも相手や状況、自分の性格を考えると本当の気持ちを素直に、間違いなく伝えることが難しいことも、たくさんあります。

 今回の直太朗さんのイベントはファンクラブイベントでしたので、想いの深さやカタチはさまざまですが、コアなファン揃い。目を輝かせている人、ずっとソワソワしている人、緊張のあまり固まっている人、常にハイテンションの人いろいろ。そんな方々を見ながら、みなさん可愛いなぁと失礼ながら思う自分がいるのです。で、あんなふうに自分もできたらなぁって。もちろん直太朗さん好きですよ。だけど、わたし天邪鬼ですし、なぜだかそういう感情を上手く表現できないし、となるのです。文章ならなんとか形にできるのですが…。でもまぁ、楽しかったからいいか…。

  そして予期せぬ出来事は先輩の退職でした。公私ともにお世話になっている仕事の先輩。何でも相談出来て、尊敬している人です。私も彼女も派遣社員です。派遣法が変わってから、同じ場所での雇用期限が3年間となりました。施行以前から勤めていた私たちの期限は同じで、その期限もあと9か月と迫っているのです。そんな中、彼女は次の職場を決めました。それはこの数週間でのことでした。
 彼女はシングルマザーです。契約ギリギリまで働くという選択肢もありますが、子供たちを養っていかねばなりません。しかも50目前の彼女にとって、自分の希望に添える職場を探すのは、なかなか難しいことでもあります。なので、本来ならおめでとうと、心の底から祝福をしてあげたかったのです。けれど今の職場はいろいろと問題もある職場ですので、手放しにおめでとうとは、悲しいかな言えないのです。
 私も人生いろいろクネクネ歩み、色んな会社を退職してきたから、彼女がどれだけ悩んで決断をし、誰にどう伝えるかで悩んでいるかがよく分かります。だから、私は退職を告げられた時、ただ笑って「自分と家族を一番に考えてください。ここは大丈夫です。めでたいことじゃないですか。」と言ったのでした。だけど、その日からなんだか気持ちがモヤモヤ。で、はたと気がつきました。私、彼女に頼り切っていたんですね。だから、めでたいと思う気持ちの向こう側には、寂しさと心細いのと不安と焦りがモヤモヤしていたんですね。いつかは私もいなくなる人。だから次は私が後輩を支えなければ。そう思えば私自身、親離れならぬ先輩離れの時期なのだと気がついたのでした。退職されるまであと少しありますが、みんなに気を使っている彼女を見ていると、私の本当の気持ちを伝えれそうには、ありませんね。ま、伝える必要もないかもしれないけれど。でも、きっと最終日には泣いてしまうんだろうな…。

 思い返せば、幼い頃はそうでもなかったのですが、いつの頃からか感情表現が上手くできなくなっていました。ですが、ここ数年ようやく面白いとか楽しいとか感動したとか、怒りや憤りに対しては、し過ぎるくらいかなり素直に表現できるようになってきました。でも、相手が深く関わるであろう好意や寂しさなどの感情に対しては、今もちょっと不器用なようです。それとも鈍感なだけかしら…。伝え方にもよるだろうけど、もう少しそこらへん素直だったら、きっと可愛らしげもあるんでしょうけどね。やっぱり自分の感情を伝えるって難しい…。



           ところで、あなたは…。
               ~ゴン~








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