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とても疲れている時夏真っ盛り!そして夏バテ真っ最中です…。_c0185858_14460494.jpg
とても嬉しい時
とても悲しい時
とても感動したとき
僕は あなたに逢いたい

懐かしいものを見た時
美味しいものを食べた時
風邪をひいて苦しい時
僕は あなたに逢いたい

いつもあなたのことを考えているわけではない
けれど
ときどき あなたを思い出して
いつも あなたがいないことを思い知り
そのたびに僕の心は 空洞になる。






 前回、便りをお送りしてから、本当にいろんなことがありました。
久しぶりに会えた人、すぐに会いに行けなかった人、今年もまだ会えていない人、そして故郷でのやるせない事件。
 6月下旬、3年ぶりに直太朗さんのライブに行ってきました。仕事上、月末は忙しいので、チケットを取ったもののギリギリまで悩んでいました。同じ大阪市内なので無理をしないでも行ける距離。だけど仕事は毎月末、残業をしないと間に合わない状態。本当に行っていいのだろうか?と自問自答を繰り返していたのですが、心のどこか少しでもいい、自分が大切にしていることに、たっぷりと時間を使いたいと思っていたのでしょうね。結果、半休を取り行ってきました。おかげで今はとても穏やかな気持ちでいます。

 私はいつの頃からか、いえ、もとからの性格かもしれませんが、ホームシックにかかったり、一人が寂しいと思うことがほとんどありません。逆に、人ごみや一度にたくさんの人と接すると疲れ果ててしまいます。だから、ひとりになる時間をとても大切にしています。けれどそんな私でも、やはり「会いたいな」と思うことがあるのです。そんな時すぐに会えたらいいのですが、故人であったり、遠くにいたり、環境的になかなか会うことが難しい人だったり。我ながら身勝手ですが、もどかしいですね。

 先日、父が緊急手術をしました。自分の体にとても敏感な人なので、かかりつけ医に不調を訴え、症状を聞いたお医者さんが総合病院を手配してくださり、大事になる前に無事手術を終えたのでした。それを知ったのは手術が終わり、母が病院から帰宅した後でした。コロナ禍での面会謝絶と残業続きの私を気遣った兄が、母にそうしたほうがいいと言ったそうです。家族の優しさを理解していながらも、鹿児島にいても大阪にいても不甲斐ない自分に落ち込んでいました。そばにいないということは、こういうことなんですね。

 祖母が七夕の日に99歳を迎えました。会えないからと毎月送っているハガキを、今回はバースデーカードにしました。先日、施設を移ったので面会できる機会は増えたのですが、再びの感染者増加。まだ気軽に会いに行ける状態ではありません。人と接することが好きな人だから、寂しくないか心配です。

 小学生の頃、谷川俊太郎さんの「生きる」という詩を習いました。あの頃はその意味を理解できず、リズミカルで色んな単語が出てくるその詩に、インパクトを受けたことを覚えています。あれから30年以上たって、今ならその意味が分かる気がします。「生きる」ということは、物質的に考えるとただの時間の経過かもしれません。けれど私たちはついそこに意味や価値を求めてしまう、ある種の承認欲求のようなものがあります。その欲求の根底にあるモノが「愛」だとするのなら、何かを、誰かを「愛」することが「生きる」ということの源なのかもしれませんね。もちろん「愛」にはいろんな形がありますけどね。

 家族を愛していたがゆえに起きた奈良の銃撃殺人事件。なんとも言えない気持ちになったのは、故郷で起きたからでも、公人だったから訳でもありません。きっとそれは世界中のどこででも起きうる事件。どんな理由だったとしても、誰かを殺めることは許されません。けれどどこかで歯車が狂わなければ、誰も傷つかずに済んだのかもしれませんね。

 この一カ月は生きることと愛することの難しさを改めて実感した一か月でした。
今年のお盆は少しの時間でもいい、父と祖母と、そして家族みんなに会いに帰るつもりです。

夏真っ盛り!そして夏バテ真っ最中です…。_c0185858_14460032.jpg 
   ところで、あなたは…。
      ~ゴン~
なぜあの日 言えなかったのだろういつの間にやら梅雨入りしてましたネ。_c0185858_15130067.jpg
たった一言 ごめんと言っていたなら
今とは違う色の世界を 
私は 見ていただろうか

キミを失ってもいいほどの
コトだったのだろうか
キミを傷つけても守りたいほどの
プライドだったのだろうか

たった3文字の重みを
私はこの先 抱えていくのだろう。





 皆さんは最近、いつ謝りましたか?
軽い感じではなくて「やってしまった」ことに対して、きちんと相手に謝ったでしょうか?
 私にとって「ありがとう」という言葉は特にためらうことなく言えるのですが、「ごめんなさい」と言うことに対しては少しためらう節があります。自分が間違っているのだから、その非を認め相手に謝罪することはごく当たり前のこと。なのに言い訳をしたり、なぜそうしたのか、そう言ったのかを説明してそれで済まそうとしていることに最近、気が付きました。肝心なのは「ごめんなさい」の言葉かもしれないのに。

 以前『「ありがとう」や「ごめんなさい」を軽々しくすぐ言うな。そんなことすれば自分の「ありがとう」や「ごめんなさい」の重みや価値が下がる』なんてことを聞いたことがあります。その人が本当に言いたかったことは分かりません。けれど私はそうは思いません。言葉は言霊と言うくらいなので、どんな言葉にも気持ちが表れるもの。その人の「ありがとう」や「ごめんなさい」に価値がないのは、その程度の気持ちで発した言葉だからなのでしょう。そうなれば、もはや回数など関係ないのではないでしょうか。
 自分に非がなくて、険悪なムードや重苦しい状況から楽になりたいがために悪くもないのに謝罪することは、ちょっと違うかもしれません。けれど、どう考えても自分が悪い場合、相手も悪いけどそれ相応に自分も悪い場合は、やはり素直に非を認め謝罪することが大切だと私は思います。何事にもタイミングがあります。そのタイミグを逃しためらっていると、一生言えないかもしれませんヨ。
 という訳で。明日朝イチ、言いすぎたことを謝ってきます…。

           ところで、あなたは…。
             ~ゴン~



すっかり初夏ですね…。_c0185858_15491231.jpg「親にとって子供は いつまでたっても子供だ」
そう言い放って 背を向けたあなた

何度も私は あなたを疎ましく思った
けれどあなたは 頑としてその姿勢を変えなかった

そのあなたがいま 新婦の父として 
ほろ酔い姿で 私のことを
何度も 何度も自慢し
けなしては 頼み込んでいる

「大したことは 何もしてやれなかったが
親にしてくれて ありがとう」
そう言って あなたは私の手を握った

ずるいよ お父さん

私は あなたに
まだ何も 返していない。








 先日、私の大切な大切な友人が結婚をしました。お茶目で優しくて、しっかりしてそうで天然なところがある彼女。ずっと寄り添っていけるお相手に出逢えたようです。しかも紆余曲折せずすんなりと。本当に縁がある出逢いって、意外にそういうものかもしれませんね。

 コロナ禍もあり式と食事会は近親者と親しい友人のみで行われました。新婦である友人のご両親は、式の前から会場のスタッフさんと打ち合わせをしつつ、ご挨拶に回られていたしっかり者のお母様と緊張して右往左往しているお父様。食事会の後半、ずいぶんとお酒を召された様子のお父様は、そこそこほろ酔い状態で私にあいさつにいらっしゃいました。内容は今までのお礼とこれからもお願いしますということでしたが、少し涙目のお父様を見ていると、なんとも切ない思いになったのでした。
 私は、彼女とご両親との関係性がお世辞にも良好とはいえないことを、ずいぶんと前から知っています。それで何度も彼女が悩んでいたことも。けれど、それでもやはり親なんだと、彼女のご両親を見ていて胸がいっぱいになったのでした。

 「子供が生まれたからと言って、いきなり親になれるわけではない。子供が一歳なら、親も一歳なのだ」そんなことを聞いたことがあります。自分自身の人生に正解がないように、「親」という人たちにも正解などないのかもしれませんね。親になる人は誰もが初めていろんなことを経験するわけで、人はひとりひとり性格が違うのだから、親も違って当たり前。そうそう、私の母が「兄妹3人とも違う性格だから、大変」と言ったように、子どもへの接し方も同じなようで少しずつ異なるのかもしれません。おそらく私はこの先、親になることはないでしょう。それゆえにこの世の「親」と呼ばれる人たちを、私は少なからず尊敬しています。もちろん子供を愛し大切に想っている親に限りますけどね。
 
 パートナーを見つけた友人たちはこれからどんな家族を築き上げていくのでしょうか。きっといろいろあるのだろうけれど、家族っていいものだなぁと彼女たちのご両親たちを見ていて思うのと同時に、さて私の父が新婦の父親になる日はくるのだろうか…、と思ったのでした。
※しばらくは英文まで手が回りません…すみません。

       ところで、あなたは…。
         ~ゴン~

すっかり初夏ですね…。_c0185858_15294899.jpg

あの日 あなたは春はあっという間に過ぎていきますね…。_c0185858_19461957.jpg
なぜ 笑っていたのだろう

8ミリフィルムの無声映画のように
音もなく 光の中で
あなたは笑っていた
私の記憶の中で 
あなたは はしゃいでいた

まるで 壊れた機械のように
何度も 何度も繰り返す記憶

それほど愛しい思い出なのか
それだけしか記憶にないのか

ただ 言えるのは
あの日 あなたは
確かに 生きていた。





 私の祖父のモットーは「何かを始めるのに、遅いも早いもない」でした。そしてそれはいま、私自身のモットーでもあります。けれど世間では必ずしもそうとは限らず、いろんな募集要項をみていると、多くの場合年齢制限が設けられていて、能力云々の前にそこで門前払いされることが多い歳になりました。昔はそんなこと考えたこともなかったのになぁ。

 先日、韓国の「マイ・ディア・フレンズ」というドラマを見ました。何の気なしに見始めたドラマ。いまはやりのキラキラした恋愛ドラマではなく、気迫に満ちたサスペンスやアクション系でもありません。独身アラフォー女性がストーリーテラーとなり、彼女の母とその友人たちとの日々を綴ったドラマでした。
人生は映画やドラマ、小説のような劇的な展開を次々と迎えることなどほとんどありません。悲しいことも辛いことも嬉しいことも楽しいことも、すべてをただ淡々とこなしやり過ごしていくことの方が多いのです。けれど、誰かにとって何の変哲もないありきたりの人生に思えても、その人にとってはたった一度きりの懸命に生きた日々です。ただ懸命に生きた、それだけで本当はすごいことなのだと私は思うのです。

 どうして人は老いることを恥、劣化していくと捉えてしまうんでしょうね。
たくさん歳を重ねることで心身ともにできないことが増えていくことは確かです。私自身も「こんなはずじゃなかった」ともどかしさを覚えることもあるけれど、それを恥、申し訳なく思うのはなんだか違うような気がすると最近、思うようになってきました。だってそれはごく自然なことで、人生は「いつか来た道、いつか行く道」。それに苗木には苗木の良さがあり、古木には古木の良さがあるのですから。だからと言って傲慢になれってわけではありませんが…。

 ドラマの中で彼女たちはかつての日本もそうであったように、韓国の風習や考え方と彼ら自身の想いとのはざまで懸命に生き、そして生き抜こうとしているのでした。
ここずっと忙しさだけでなくいろいろとあり、一喜一憂の毎日を送っているのですが、彼女たちのように人生の後半戦も全力で楽しめるような生き方をしたいなぁと思ったのでした。
※今回は英文までたどり着けませんでした…。

                   ところで、あたなは…。
                      ~ゴン~


殺してやる と思われるのと
死んでもいい と思われるのすっかり春めいてきましたね。_c0185858_15062364.jpg
そして 死んだことすら気づいてもらえないの

どれが いちばん怖いだろう
どれが いちばん痛いだろう
どれが いちばん辛いだろう
どれが いちばん悲しいだろう

たとえどんな人であっても
殺していい人なんて いない

ほら ごらん
地上で何が起ころうとも
今日も空は 儚く美しい。


I think someone will "kill"
Someone thinks "I don't mind dying"
And no one even notices that I'm dead

Which one is the scariest of me?
Which one hurts me the most
Which one is the hardest for me
Which one is the saddest

No one can kill them no matter what they are

Look!
No matter what happens on the ground
The sky is ephemeral and beautiful today as well.






 戦争のこと地震のこと、そしてコロナのことも、世間で起こっている様々なことを、知ったように批判したり論じることができるのは、当事者じゃないからなのかもしれないと、思うことがあります。確かに専門的な意見は大切ですが、そうでないこともたくさんあります。机上ではわからないことがある。モニタに映る景色だけでは見えないことがある。カメラの前で思わず笑顔を作ってしまうように、「大丈夫?」と聞かれて「大丈夫」と答えてしまうように。では、今まだ当事者ではない私ができることとはいったい何なのだろう?結局のところ、安全な場所でカフェオレ片手にパソコンに向かっている私は、私が「いかがなものか?」と思う人たちと同じなのかもしれません。

 先日不安定な雨空の中、近くの神社で桜が咲き始めているのを見つけました。私が気付かないだけで、街路樹のたもとや道端には名も知らない花が咲き始めていました。
 戦闘地域という地名も、被災地という地名もこの世にはありません。名もない人がいないように、それぞれに人々が愛した地名があります。どうかどうか様々な痛みに耐える人たちの心の灯が消えないように、心の花が枯れてしまわないようにと、今はただ祈るばかりです。

           ところで、あなたは…
             ~ゴン~