あの日から20年。

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忘れじと
結ぶくちびる 今ほどき
君の咲顔を
祈る ともし火












 あの日、私は2階で寝ていたのに、下から突き上げるような力を感じました。そしてその直後、大きな揺れとともに兄の叫び声で目を覚ましました。
 今はもう、あの時の揺れた感覚は覚えていません。しばらくあった夜中に地震と間違えて飛び起きることも、東日本大震災後一度あったくらいで、もう随分とありません。
きっとそうして記憶は次の記憶に追いやられていくのかもしれません。
それでも、私の中では震災=東日本大震災ではなく、震災=阪神・淡路大震災なのです。

 私は体験者かもしれませんが、被災者ではありません。
私は近しい大切な人を失ったり、大切な何かを失ったわけでもありません。
けれど、月日が過ぎても流れてくる仮設住宅で見つかる孤独死のニュースが胸を詰まらせました。そして「関西圏で流れるニュース」ということに憤りさえ感じました。
 きっと東北地方では今も、東日本大震災のニュースが流されているかもしれません。
でも、私が住む鹿児島にはその声は聞こえてきません。
被災地に近い人が知るべき情報ではなく、遠く離れた人が知るべき情報もあるように私は思うのです。それは、震災にかぎらず、の話しですが。

 先日、阪神・淡路大震災のとき息子を無くされたご家族の話を少し聞きました。お母さんは、泣くことしかできず何年たっても前に進めずにいたそうです。けれどようやく「天国から見守ってくれている」と笑えるようになったそうです。
亡くなった方の笑顔を祈るには、祈る側もまた笑顔にならないと、祈ることは出来ないのかもしれません。

 今年に入り桜島がかなり活発になっています。山全体が大正大噴火のときの膨張率に近づきつつあるようです。先日は、体感できる地震もありました。
「されど、天を恨まず」 
そう言った東北の学生さんのように、生きていきたいですね。

全ての被災地で亡くなられた方のご冥福を、お祈りいたします。

            ところで、あなたは…。
               ~ゴン~
by kawagonta_y | 2015-01-17 20:03 | いろいろ便り | Comments(0)