大阪も暑いですね…。

c0185858_12210956.jpgキミが思うほど
この世界も 悪くない

目の前に広がる景色が
どんな色に 見えるのか
きっとそれは
キミシダイ

どんな明日が来ても
それを楽しみに出来るかどうか
きっとそれは
キミシダイ。







 さて、何からお話ししましょうか。
まずは、今回の大阪北部地震、ならびに西日本豪雨災害で亡くなられた方のご冥福と、災害に遭われた方が安心して眠ることができる日が一日でも早く訪れることを、心からお祈り申し上げます。
そして、皆さんもお元気でしょうか。どんなことがあっても季節は巡り、酷暑の夏がやってきました。昔の夏の暑さとは異なります。熱中症にはお気を付け下さいね。

 前回のお便りから私自身のことも含め、あまりにも多くのことがありました。
大阪北部地震、自分の引越しにまつわること、そして西日本豪雨災害。このひと月の間にギュッと詰め込まれたことが大きすぎて、まだ上手く消化できずにいます。なので今回は(も?)長い便りになってしまいました。すみません…。

 大阪北部地震があった日、まだ私は鹿児島に居ました。実家も大阪の友人たちも無事でしたが、大阪市内に住む親友から、自宅のあらゆる物が落ち散乱している写真が届きました。堺方面に住む友人や奈良の友人たちは、電車が止まり歩いて自宅や会社に向かったそうです。私はいつかこんなことが起こる気がしていました。だから大阪へ行く決心をしたのです。なので、大切な人たちの無事に安堵しつつ、側に居れなかったことに正直凹んでしまいました。なぜならその数日後には、鹿児島を立つ予定をしていたから。

 引越し当日は、朝から鹿児島は大雨でした。そのため引越業者さんの荷出しも時間がかかりました。鹿児島に来たときは大阪南港からフェリーで鹿児島志布志港に着き、曽於市を通って鹿児島市内に来たのですが、船酔いが酷かったため、今回は高速道路を使って帰ることにしました。鹿児島市内から実家の奈良まで一泊二日、九州自動車道・山陽道(中国道)・西名阪を使った約935㎞の道のり。
 荷出し諸々が終わったのは昼を過ぎていました。そこから、宿泊予定の福岡小倉にあるホテルまで走らねばなりません。鹿児島を去ることへの感傷に浸っている暇もなく大雨の中、車を走らせました。しかも7年ぶりの一人での高速道路。以前もお話しましたが、私、間が悪いんです。ある意味「持ってる」と言うのでしょうか。熊本に近づくにつれ「通行止め」の表示が目立つようになりました。「まさか」は突然やってくるので「まさか」と言ってしまうんでしょうね。豪雨の為、熊本の一部区間通行止め。そのため高速道路から降ろされて、初の熊本市なのに街中をスマホのナビと喧嘩しながら走りました。再び高速に戻った頃にはすっかり天気も回復し、小倉に着くころには晴れて暑いくらいでした。
 次の日の夕方、無事、実家の奈良に着いたのですが、ずっと肩に力が入っていたのでしょうね。左手首が腱鞘炎でしばらく荷物が持てなくなり、あげく疲れが出たのか、実家に着いた二日後には風邪からの胃腸炎になり寝込んでしまいました。なにわともあれ、私の引越しは一応無事、完了したのでした。そういえば8年前、鹿児島の部屋の鍵を受け取った日も大雨だったな…。

 大阪も豪雨になると言われていた7月6日は、昼間に出かける予定があったのですが、先方が、電車が運休で来れないため別の日に予定変更。新しい部屋にも慣れ始めた私は、大雨って言ってもそんなに降ってるかな?と思っていたのでした。そう、その時は。
 その日の夜、ニュースから流れてくる映像はまるで東日本大震災の津波のような映像でした。そして、次の日そこには大きな池が出来ていて、ぽつぽつとダムの底に沈んだ街のように家が並んでいる。私が「トンネル、もう嫌や!!」と言いながら走った山陽自動車道は、土砂で埋もれていました。おそらく2週間ほど前に私が見たであろう景色の多くは、すっかり様子を変えていました。

 私が住み始めた場所は大阪市内。あの地震以来、少し大きめの地震が時々やってきます。けれど私は、情けないことに慣れてしまったようです。いや、正確には「なるようにしかならない」と思ってしまった、と言うべきでしょうか。
 阪神淡路大震災の体験がトラウマになり、夜中に何度も飛び起きていた私。それが治まった頃に体験した熊本地震。熊本地震後も、地震が起きるたび動悸が治まらなかったのに、今や「あ、地震、なのか」と思うだけになってしまいました。恐怖心が無くなった訳ではありません。ですが、今を受け止めて、その次を考えようと冷静を装っているのかもしれません。

 泣くことも悲嘆に暮れることも、絶望することができるのも、私が今、生きているから。生きているということは、その悲しみや絶望を、いつか喜びや希望に変えていくこともできる、その可能性はゼロではないと、私は最近思います。
 せっかく生きているのなら、喜怒哀楽を持って生きることを満喫しようと思います。私には生きる意味など、特別ありません。私は「生きたい」から生きているのです。けれど「生きたい」と思った人の分まで「生きる」など、私はそんなに立派な人間ではないので、できませんし言いません。ただできるだけ、そのままマルっと受け止めようと思います。イイことも悪いことも。そこから未来は、いろんな方向に変わっていくように思うのです。
 きっとそんな風に考えられるのは、本当の絶望を私が知らないからなのかもしれませんネ。気分を害された方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。私の乏しい人生経験です。どうぞご容赦くださいませ。

 さて、思いはやっぱりまとまらないままですが、大阪での新しい生活はもう動き出しました。
さぁ、どんな明日が来るでしょう。どんな明日にしましょうか。

         ところで、あなたは…。
             ~ゴン~






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by kawagonta_y | 2018-07-16 12:32 | いろいろ便り | Comments(0)